日本発世界的企業の創出。その筆頭候補は、研究開発型のディープテック・スタートアップだ。エコシステムが形成されてきた近年、まかれた種は実り始め、さらに新たな芽が育ちつつある。
Forbes JAPAN2023年4月号(2月発売号)では、「世界で勝てる! 日本発ディープテック50社」を特集。ポストGAFAM時代を担う、世界にインパクトを与え得る日本発ディープテック企業の現在地とこれからの可能性とは。
「3、2、1、GO!」
2022年12月11日米国フロリダ州、大勢の関係者が見守るなか、ispaceが開発した月面着陸船(ランダー)を搭載する米スペースXのロケットが打ち上げられた。宇宙空間に到達後、ランダーは無事ロケットから切り離され、月に向けて出発した。
「よくここまで来られたなと。ランダーの開発を本格的に開始して5年間で、結果として競合よりも早く打ち上げることができた」と代表取締役CEOの袴田武史は当時、胸中を明かした。「大きなステップになった」。
ispaceのビジネスは世界規模で動いている。同社が目指すのは、月への高頻度かつ低コストな輸送サービスだ。すでに宇宙産業に目を向ける国や企業と多数の契約を締結。今回のミッション1は月面着陸失敗に終わったが、UAEドバイの政府宇宙機関MBRSCの月面探査車などがランダーに搭載されており、NASAとは着陸時に採取したレゴリス(月面の砂)を販売する契約を結んでいた。
宇宙産業では月探査に向けた競争が過熱。米国は有人月探査「アルテミス計画」を本格的に始動し、民間でもインテュイティブ・マシーンズやアストロボティック・テクノロジーなどが23年中に月面着陸に挑戦する見込みだ。ispaceが先行して打ち上げにこぎつけられたのはなぜか。
袴田は「宇宙ビジネスでは、何をするにもお金が必要。我々にとってはシリーズAの調達が大きかった」と振り返る。17年12月に実施した同ラウンドで、同社は産業革新機構などから総額101.5億円を調達。宇宙分野でのシリーズAとしては当時、世界最高額だった。研究開発型のディープテック・スタートアップを取り巻く日本のエコシステムの発展による賜物というわけだ。
過去と現在で環境は「隔絶たる差」
実際、国内のスタートアップシーンのなかで、特にディープテック領域の変化が大きいと見る投資家は多い。リアルテックホールディングス代表取締役でユーグレナ取締役代表執行役員CEOの永田暁彦は、「ファンド運用を始めた7年前と現在とで環境は隔絶たる差だ」と話す。大学の研究成果の社会実装を目的に、15年ごろから多くの大学発ファンドが立ち上がったほか、独立系VCやCVCによるディープテック投資も年々拡大。これに伴い、研究者による起業は増加し、最近では事業化を担うプロ経営者や、IPO経験をもつCFOが参画する流れもできてきた。事業化までの時間軸が長く多額の資金が不可欠、専門性が高く人材の流動性が低いというディープテックの難点を補完する仕組みが徐々に整ってきたのだ。
Beyond Next VenturesCEOの伊藤毅は、「かつてディープテックはライフサイエンスが主なテーマだったが、いまは宇宙やエネルギーまでに裾野が広がってきた」と話す。INITIALの調査によれば、22年の研究開発型スタートアップの資金調達額は3005億円(23年1月19日時点)でスタートアップ全体の3分の1を占めている。