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2023.05.12 18:00

小説巧者の蓮見圭一12年ぶりの長編「美しき人生」が描く愛の普遍

ジョージ・ハリスンの名前が、本作にも一度だけ顔を出す。真壁が中2の時のエピソードだ。その日、付き合い始めて間もない同級の水島明子と近所で待ち合わせるが、折からの猛吹雪で出かける先も思いつかないまま、コーラでも飲もうと町のよろず屋の閉まったシャッターを叩く。

実はその日は、一夜明けると沼津に向かわねばならない真壁にとって、明子との最後のデートだったのである。

凍える中2のカップルを中に通した堂本はよろず屋の息子で、札幌の大学を目指して受験勉強中の身だった。この4歳目上の世知に長けた少年に畏敬の念を抱く真壁は、彼のアルバムにあった1枚のスナップ写真に目を奪われる。ツーリングを楽しむ堂本と一緒に写真に収まるその友人の不良ぶった優等生は、どこかジョージ・ハリスンに似た雰囲気があったのだ。

都会育ちで聡明な明子に対し、年相応の頼りない少年だった真壁だが、その1枚の写真から天啓を得たかのように、待ち受ける新たな生活への不安と、高校生活への夢を熱く語り出す。そんな真壁に対し、堂本は明子から見えないところで、ある知恵を授ける。

その助言は、その日から真壁の人生の舵取りの役割を果たしていく。しかし、明子にも予想だにしない人生が待ち構えていた。「東京の大学で会おう」と約束して別れた真壁と明子は、やがて思いもかけなかった形で再会を果たすことになる。
 
愛こそが人生。しかし、そんな単純である筈の真理をめぐって、時に思うにまかせないのも人生の真実だろう。「美しき人生」で至高の愛を唱えたジョージも、実はその数年後、最初の妻パティと破局している。

しかし、蓮見圭一の「美しき人生」は、愛し合う2人の関係がどんな結末を迎えたとしても、そこに残照として映える輝きを描き、愛の普遍というテーマを鮮やかに浮かびあがらせる。

真壁の思い出話は、聴き手である阿久津の心に眠る家族の記憶をも揺り起こし、別れた妻や離れて暮らすわが子への思いを新たにする。そんな2つの人生を二重映しにする手法も、小説巧者の作者ならではだろう。

数奇な運命に焦点を合わせても、そこに心優しき人生讃歌を織りなす作者会心の一作である。
蓮見圭一『美しき人生』(河出書房新社)

蓮見圭一『美しき人生』(河出書房新社)

文=三橋 暁

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