京セラ創業者の稲盛和夫さん|私が尊敬するカリスマ経営者

京セラ創業者 稲盛和夫

稲盛は、経営者にその責任と自覚を求める厳しい一面もあった。

「ブックオフ」を創業し成功させ、後に飲食業に転じ「俺のフレンチ」など「俺の」シリーズをも成功させた坂本孝は稲盛を囲む勉強会「盛和塾」の古参幹部のひとりだった。成功した坂本がある日、こんな愚痴を稲盛に漏らす。「取引先にだまされてしまった」。

これを聞いた稲盛は烈火のごとく怒り、坂本を厳しく叱責した。経営者としてのおごりがあるからだまされる。だます相手を引き寄せたのは自分であることをわかっていない。すべての責任は経営者にあることをわかっていない、というのがその理由だった。

稲盛は65歳にして得度し、経営者でありながら求道者としての道も求めるようになった。稲盛の厳しさは“慈悲”でもあった。「人のために生きてこそ人間」という哲学を貫き通した。

日航を退社した冒頭の藤田が、あえて無給で「日本体操協会」の会長職を引き受けたのも、いまも心に響いている稲盛の言葉があればこそだった。

稲盛和夫 年譜

1932 鹿児島市に生まれる。
1955 鹿児島大学工学部卒業後、松風工業に就職。
1956 日本で初めてフォルステライトの合成に成功。
1959 京都セラミック(現京セラ)を設立。
1966 代表取締役社長に就任。渡米し、IBMからIC用の基板を受注。
1984 稲盛財団を設立。国際賞「京都賞」を創設。通信事業の自由化に伴い、電気通信事業に参入。第二電電企画を設立。
2000 DDI(第二電電)、KDD、IDOの合併によりKDDIを設立。
2010 日本航空(JAL、現日本航空)会長に就任。
2022 90歳で亡くなる。


児玉 博◎1959年生まれ。大学卒業後、フリーランスとして取材、執筆活動を行う。2016年、『堤清二「最後の肉声」』で第47回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。単行本化した『堤清二罪と業最後の「告白」』のほか、『起業家の勇気 USEN宇野康秀とベンチャーの興亡』『堕ちたバンカー 國重惇史の告白』など著書多数。

文=児玉 博 イラストレーション=フィリップ・ペライッチ

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