メタバースと「科学の子」

川村雄介の飛耳長目

社会人になると、もはや中高時代の教科書を読み直すのは億劫だ。だが、問題意識ときっかけさえあれば、昔のカンを取り戻すことーあるいは昔はよく理解できなかったことが職業経験を積んだことでわかるようになるーは不可能ではない。

私の場合は、メーカーの社外取締役に就任しながらスタートアップ支援を始めたころに、理系知識の貧困さを痛感した。

中学高校の参考書コーナーを渉猟した挙げ句、科学書コーナーにあった『発展コラム式中学理科の教科書』(ブルーバックス、講談社)を選んだ。フォトンカウンティングやら光電融合やらの最先端技術の報道に触れてもいまひとつピンとこない。そんなとき、座右の同書を開くのである。就寝前はYouTubeの関係動画で補完する。

このような問題意識は心ある社会人が共有しているのではないだろうか。

とはいえ、仕事や家庭に追われている身に、個々人の自助的な努力ばかり求めるのは酷である。狭義のリカレント教育に丸投げするのではなく、リスキリングの一環として企業などがこうした基礎教育にも注力したらよいと思う。過日、東大工学部のアドバイザリー委員会では、メタバース工学部のメニューに、理系の基礎科目を入れられないものか検討してほしいとお願いした。

現在の中高年の社会人は、宇宙戦艦ヤマトやガンダム、ヤッターマンで育った世代だ。理系、文系問わず、元来、科学やメカ大好きな子どもだったはずだ。この大人たちを活性化する学び直しが日本の科学立国を補強する。私など、量子コンピュータの記事を読みながら、例の「教科書」を開く。そして口ずさむのである。「心はずむラララ科学の子 みんなの友だち鉄腕アトム」。


川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。東京大学工学部アドバイザリー・ボードを兼務。

文=川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年6月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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