今回は組織ケイパビリティ開発の打ち手を提供している「in3(アイエヌスリー)」代表の平井朋宏に、ヨーロッパのサステナビリティ経営の現状とともに、日本におけるネクストフェーズ、および日本が世界でプレゼンスを発揮していくための方法を聞いた。
「自社利益の追求だけでなく、環境や社会、人権への影響も考えた事業展開を行う「サステナビリティ経営」が、ビジネスの中長期的な成長に向け必須になりつつあります。もともと社会貢献の意識の高い日系企業にとっては、本来、親和性の高い領域のはずですが、この事業環境下でグローバルビジネス全体が同じ土俵で動き始めるなか、変化のスピードが課題になると思います」
そう指摘するのは、日本企業の組織ケイパビリティ開発/ワークショップを提供している「in3」で代表を務める平井朋宏(以下、平井)だ。彼はまず、日本企業の何がサステナビリティ・トランスフォーメーション(以下SX)を阻んでいるかから、語り始めた。
国内企業のSX、その現在地点
「サステナビリティに対して一定の“対応”はどの大手企業でも一通り進んでいると思います。しかし次の”事業リスク”や“オポチュニティ“を見定めるフェーズに進むなか、組織および事業のサステナビリティに対する尺度はまだ整っていないのではないでしょうか? まさに、アクセルを踏めるかどうかの岐路に立っている企業は多いと考えています」地道な努力やイノベーション、改善の結果はあっても、力強い変革につながっていない。事業側の動きのスピードは緩やかだ。そうした課題を、多くの日本企業が抱えていると平井は語る。
そして課題の背景について、平井は以下の3つの要因を挙げた。
①プレッシャーの少ない日本市場
「日本では、社会から企業に対するSXへのプレッシャーは、ヨーロッパなどに比べると強くありません。そのため、社会変化に対する変革の切迫感が組織で高まらないのです」
② 絵に描いたようなVUCA:サステナビリティ経営
「サステナビリティを取り巻く現状がVUCAであることも要因です。どうなるかわからない部分が多いため、事業サイドでは『どうすればいいのか教えてほしい』という状態に陥りやすいのです。しかし、そのような待ちの姿勢(受動的な態度)が致命的となってしまうのです」
③ 既存の「収益性」との矛盾
「環境負荷の高いハイインパクト企業(サステナビリティの影響が大きい事業)に多いのですが、ビジネスモデルが長い期間を経て磨かれているために、事業の収益性の観点から、SX推進が目の上のたんこぶのように思われることも少なくありません。その結果、最小限の微修正や改善にとどまってしまうのです。改革スピードも阻害されてしまいます。
結局、組織の中では『よくわからないことに対してなぜわざわざ対応するの?』となってしまい、エンゲージメント(参画)を得難いのがボトルネックになるのではないでしょうか。こう考えるといまのフェーズでは経営としてフォーカスすべき課題はS(サステナビリティ)ではなくX(トランスフォーメーション)だと思います。サステイナビリティ対応ではなく経営のトランスフォーメーションです。」
トランスフォーメーションに向けた組織の姿勢
ではこのSXを、日本企業の経営陣はどのように考えるべきなのだろうか。サステナビリティの動きは社会の尺度の変化(ニーズの変化、ステークホルダーの変化)である。組織としてその変化に「受け身」で対応するか、前向きに事業変革の機会と考えられるかでは大きく違う。変化を真っ向から見据え、事業成長を探求する姿勢をいかに早くつくり上げるかが鍵だと平井は示唆する。「サステナビリティに対する組織のレディネス(準備度合い)を高めるべきです。複雑なサステナビリティの尺度を認識し、組織としての探求を推進するとよいでしょう。多くの組織では過去の自社の活動をサステナビリティの尺度から見直すことによって、自信につながることも多いと思います。パーパスなどのコミュニケーションと同時にSXの尺度を確認し直してみるのもよいと思います」
「“正しい方向性に向けどのようなチャレンジをするのか”を組織として考えられるかが大切なのです。そしてそのチャレンジに対する共感を育むためにも全社的にサステナビリティを探求する機会を組織に提供していくべきです」
目線を広げ、社会の中の自社を認識する
in3ではCelemi社(スウェーデン)が開発したシミュレーションゲーム形式のワークショップをきっかけに組織レディネスを高める方法を推奨している。チーム対抗でサステナビリティ経営にまつわる意思決定をシミュレーションしていく方式だ。利益率や環境インパクト、社会の多様なステークホルダーの視点が絡むなかで、バランスをとり事業パフォーマンスの高い業界のサステナビリティリーダーに変容させていけるかを競う。このプロセスでサステナビリティの尺度の複雑性や事業インパクトについての目線を養う「研修」である。参加者の目線が統一されてから、後半に具体的な自社のサステナビリティについてのワークショップを展開するのだという。
実際に企業の欧州拠点でのワークショップでは、「自社がここまで頑張っているとは知らなかった」、「もっとこういうことを進めてもいいのでは?」など好意的なさまざまな反響が生まれたという。新たな尺度によって、見えることがかわってくるのだ。
「SXにはビジネスサステナビリティも含まれています。事業としてどのようにサステナビリティを追求していくのか? そんな議論が社内の共通言語となり組織のレディネスが高まるのではないでしょうか」
欧州はサステナビリティ経営をリードしているのか
ここで、世界でも先行していると言われる欧州のサステナビリティ経営について、考えていきたい。デンマークを拠点にするリード・サステナビリティ・コンサルタント/アドバイザーのヘレン・レグネルは、欧州企業は日頃から、日本では考えられない強烈なサステナブル化のプレッシャー下にあると指摘する。
「消費者、従業員だけでなく、投資家、株主、金融機関などのステークホルダー全体、さらに議会までが揃って、企業にサステナビリティ経営への転換を促しているのがヨーロッパの現状です。
その圧力は、もはや推奨ではなく義務と言ってもいいくらいパワフルなものです。進捗状況の情報開示に関しても、非常に細かくチェックされています」
「『欧州グリーンディール』(2019年)『EUタクソノミー』(21年)など、環境に対する基準はハイプレッシャーとなる一方です。もはやSXは“本気で取り組まなければならない”課題へと昇格したのです。ただ多くの欧州企業は、エネルギー消費量を年間5%ずつ改善していくなどの微細な取り組みに終始しており、本気の改革にはほど遠いのが実情です」
そうした状況の打破のためにレグネルが推奨するのは、平井が語った日本国内へのアプローチと共通している。
「ビジネスモデル自体を見直す必要があります。ビジネス・アズ・ユージュアル(通常業務)と、トランスフォーメーション(変革)に同時にスポットを当てて、事業を組み直すのです」
レグネルは、そうした組織が本気で取り組んでいるかどうかは以下の2つの指標でわかると語る。
①長期インセンティブプランと変動報酬
「管理職やトップマネジメントの変動報酬のうち、サステナビリティに関連するものの割合が15%以下ならその企業は、組織のレディネスができていません」
②時間投資:サステイナビリティについて探求する時間
「サステナビリティについて考え、新しい解決策を探し、探求を行う時間を社員に与えているかどうかです。これをみるだけでも準備状態はわかります」
欧州有数のビジネススクール・HEC パリで教鞭を執るアン・フリッシュは、見事にSXに成功したものの、思わぬジレンマに直面した例を挙げる。
「とある食品系グローバル企業で、サステナビリティに先見の明のあるCEOが、SXをパーパスに掲げ、見事に実現しました。しかし、その直後、企業の業績に不満をもった投資家たちによって、彼は追放されてしまったのです。つまりSXの目的を掲げ、達成するだけでは不十分なのです」
SXは、営業担当者、製品開発担当者でもない少数のチームとコンサルタントだけで行うレベルのものではないということ。企業に属する全員が一丸となって、事業とサステナビリティを統合する必要があるのだとフリッシュは強調する。
「トップが意識を変えるだけでなく、ビジネスを担う人々すべてが各々の仕事を変えていく必要があります。サステナビリティは全体や戦略にだけ存在するものではありません。マーケティング、エンジニアリング、生産、財務の各分野で働く人たちの仕事をどのように変革していくのかが大切なのです」
ふたりの意見からわかるのは、先進性のある欧州でさえ、手探りでビジネスケースをつくろうとしている、ということだ。だからこそ平井は、日本企業にもまだサステナビリティ経営で世界におけるプレゼンスを発揮していくチャンスがあるのだと言う。
「ヨーロッパはさまざまな規制により先行せざるを得なかったという事情があります。ただ強調したいのは、彼らもまた正解を得ているわけではないということです。
つまりサステナビリティ経営に、まだグローバルスタンダードは誕生していないのです」
既存の経営システムをポジティブに改革する
では日本企業はいったい何をしていけばよいのだろうか。「企業としてSXを推進しなくてはならない理由、それはサステナビリティ経営が、遅かれ早かれ、企業のプロフィット(利益)を持続できるかどうかに、直接関わるようになるからです。
もともとある企業理念や社会に対する意識をバージョンアップしながらも、サステナビリティの尺度の組織展開を急ぐべきです。どのようなトランスフォーメーションも組織の目線が揃わないと前に進みません。それなりに時間のかかる打ち手ですが、だからこそ早く始めることだと思います。
新しいビジネスの尺度を事業組織全体でしっかりと考えていくことがトランスフォーメーションを早く動かす重要な鍵だと思っています。自社の考える正しい方向へ既存の経営システムをポジティブに改革していくことができればよいのです。
その先にはきっと、日本企業がサステナビリティ経営で、グローバルにおけるプレゼンスを発揮している未来があると思うのです」
in3
https://in3alignment.com/
【対談】欧州サステナビリティ経営の実態と、日本企業の変革へのヒント
https://in3alignment.com/2023/05/16/3204/
平井朋宏(ひらい・ともひろ)◎英国ウォーリック大学大学院にて社会政治思想(MA)を学び、戦略情報企業にて日本向け企画部門を統括。株式会社インヴィニオにおいて戦略・組織文化のアラインメントプロジェクトを進め、2017年にin3を設立。さまざまなグローバルベースの組織開発ツールを活用し、自社のビジョン、戦略、価値観などを織り交ぜた企業のアラインメントワークやトランスフォーメーションプロジェクトに従事。Celemi社およびBusiness Model Inc.社の公式ファシリテーター。
アン・フリッシュ◎製造、エネルギーなどさまざまな業界でCFO、取締役を歴任。Celemi社認定パートナーである経験学習テクノロジー企業「アクアフィン」創設者。欧州有数のビジネススクール「HEC パリ」教授。
ヘレン・レグネル◎GE、デンマークの国際コンテナ船企業・マースク、小売大手・サリンググループを経て、リード・サステナビリティのコンサルタント/アドバイザーとして、さまざまな企業の持続可能なビジネスモデルへの転換を支援。デンマークを拠点に活動。