「10億円でできることは何かと考えたんです。まず、ランダーの開発はしないと決め、他社に借りることにしました。もちろん自社でつくるという選択肢もありました。でも欲張らなかった。両方やっていたら、資金が集まらずに事業は頓挫していたでしょう」
さらに製作を進めていたローバーの軽量化にも取り組み始めた。
「ローバーは1キロ増えるだけで1億円以上コストがかかります。重量を1キロにすれば人件費などを含めても10億円で収まるだろうと考えました」
資金調達を行うため、袴田はコンサルを退職してispaceを設立。実際に10億円の調達にも成功し、米アストロボティック・テクノロジー社のランダーに相乗りすることも決まった。
ターニングポイント3 100億円を調達して月へ向かう
しかし、その矢先、アストロボティック・テクノロジー社が「Google Lunar XPRIZE」のレースから降りることを発表。その後に手を組んだインドの「チームインダス」もレースを断念した。月へ行く手段を失ったispaceも中止の判断をしたが、他のチームも月面にたどり着くものはおらず、レースは「勝者なし」で幕を閉じた。
Google Lunar XPRIZEでは月に辿りつくことはなかったが、「ランダー(月着陸船)を他社に頼っていてはビジネスが進まない」と感じていた袴田は、2016年頃から自社独自のランダー開発構想を練っていた。手を差し伸べたのは、長く宇宙スタートアップに投資をしてきたインキュベイトファンドの赤浦徹代表だった。
「『自分たちでランダーつくってしまえばいい。いくらかかる?』と言われたんです(笑)。その場で『大体50億円ぐらいです』と答えたところ『2回チャレンジできるよう100億円調達しましょう』ということになりました」
袴田は資金調達に動き出し、赤浦氏は官民ファンドにispaceへの投資を呼びかけた。そして2017年12月、産業革新機構や日本政策投資銀行などから約101億円の大型調達に成功する。
その後、2018年にはNASAの月輸送計画にも参加し、2020年と2021年に続けて資金調達を実施。そして2022年12月11日、ついにispaceのランダーを乗せたロケットが月へと出発した。
しかし、4月26日未明、まもなく月面へというタイミングで通信は途絶え、着陸は未達成に終わった。同日に行われた記者会見で袴田は「着陸の直前までデータを獲得できた民間企業は我々のみ。次に向けた大きな一歩」と語った。