本当においしい鰻のためのイノベーション
「祖父の代から店は日本橋にありましたが、私自身は池袋で生まれ育ち、鰻屋を継ぐ気はまったくありませんでした」と橋本正平は語る。学生時代はバックパッカ ーをしたりバンドやDJをしたりと、鰻とは無縁の日々を送った。だが店の経営難を知り、20代半ばで店に入り4代目となる。約75年の歴史をもつ鰻料理店「はし本」の調理から経営に至るまで、従来のやり方を次々と変えていった。
まずはベストな状態の鰻を提供すべく事前の「仕込み」をやめ、オーダーを受けてから調理し提供するスタイルに。そして日本でたくさんの鰻が食べられる「土用の丑の日」に店を閉め、その代わりに鳥羽周作がシェフを務めていた代々木上原のモダンフレンチ「Gris」や日本橋兜町のホテルK5内の「cavem 」などとコラボレーション。
「はし本」の鰻蒲焼をメインとした「土用の丑の日」限定コースは予約開始後、即ソールドアウト。さらに、古くから伝わる“江戸前鰻”に対して「本当に最適な調理方法なのだろうか?」と改めて考え、元より大好きであった関西風のニュアンスを一部に取り入れた。橋本を突き動かすのは「よい鰻とは」、そして「おいしい鰻とは」の両輪への探究心だ。
八重洲・日本橋エリアは住宅街ではないだけに、客が「わざわざ足を運んで食べに来てくれる」という意識が橋本にはある。訪れた人々への期待に応えるため、あらゆるトライを繰り返してきた。
「伝統とは絶えず変化するもの。行動しなければクリエイティブやイノベーションは生まれません。新メニューも100個以上考えて、店頭に並ぶのは片手で数える程度。そのうえでお客様に喜んでいただけるかどうか、という世界です。試行錯誤の連続ですが、とにかくやるしかない」
池袋で生まれ育った橋本は、「はし本」の店を今日まで支えることができたのは八重洲・日本橋エリアのコミュニティと客の口コミのおかげだと言う。
外国人旅行者にも評判が良く、用意された英語のメニューを渡すのではなく、「そのほうが絶対に良い体験になるはずだから」と身振り手振りを交えて直接コミュニケーションを取り、料理を提供する。かつて青春を共にした仲間たちも日本橋に足を運ぶ年齢になってきたいま、鰻を求めて暖簾をくぐる人のため、橋本のさらなるクリエイティブは続く。
はしもと・しょうへい◎1979年東京都生まれ。72(昭和22)年創業「鰻はし本」の4代目店主。従来の「江戸前鰻」に縛られないブランディングに挑戦し続け、鰻資源の問題にも積極的に取り組む。DJなど音楽活動経験もあり。
一杯のコーヒーが起こすポジティブなインパクトに満ちた革命
「子どものころからビジネスを考えることが好きでした。何か特別な“面白いことをしたい”という思いが常に頭の中にありましたね」
18歳のときに訪れた日本に魅力を感じ移住。グアテマラ産高級コーヒーの輸入会社を立ち上げるが、同時に小規模農家の搾取に直面する。高価な脱穀機を買えず、付加価値を付けられないままコーヒー豆を安価で販売せざるを得ない実情を知った。
そこで、人力で動くエコな自転車式脱穀機を自ら開発。コストをかけず農家による高品質なコーヒーの生産を可能にした。しかしメレンはより問題の本質に目を向ける。
代々続いた農家はプライドもあり、変化を嫌う。「変わらなければ貧しいまま。イノベーションを起こすのはいつも変化を起こした人だけだ」と彼らを説得。マインドセットを変えるべく、日本の朝礼や制服などを導入し、価値を可視化するコーヒーのオークションも開催した。
プロフェッショナルとしての誇りは、よりよい仕事につながると信じて行動した。「私がグアテマラ出身だったからこそ、彼らに寄り添い説得できた」と振り返る。
2022年は日本橋に念願の実店舗をオープン。新たに生まれた歴史ある土地との縁もまた、彼らの新たなプライドとなるだろう。
カルロス・メレン◎グアテマラ出身、日本在住20年以上。サステナブルなコーヒー生産団体GOOD COFFEE FARMS設立。オンライン販売のほか、2022年10月初の店舗をオープン。