半世紀も前に導入した「社会的共通資本」がなぜ今、共感を呼ぶのか

イラストレーション=オリアナ・フェンウィック

世の中は不条理なものである。だからこそ、人間の資本主義はインクルーシブであるべきだ。そして、それが強い成長の道を切り開く——。
Forbes JAPANが定期的に発信する「インクルーシブ・キャピタリズム」シリーズ。

環境、社会、科学、芸術。短期的な市場価値に翻弄されることなく、真に人類の未来に私するための社会的装置とは。
今回は、半世紀前孤高の経済学者、宇沢弘文が唱えた「社会的共通資本」をマイルストーンに、現代を生きる実践者たちと持続可能性を考える。


なぜいま、半世紀も前に宇沢弘文が導入した概念が共感を呼ぶのか。
宇沢国際学館代表取締役の占部まりに寄稿してもらった。
占部まり | 内科医、宇沢国際学館代表取締役

占部まり | 内科医、宇沢国際学館代表取締役


2022年京都大学、東京大学で相次いで寄附研究部門が立ち上がるなど、「社会的共通資本」という経済理論がいま、注目を集めています。宇沢弘文というノーベル経済学賞にいちばん近いといわれた日本人が構築した理論です。

新しい資本主義、資本主義と社会主義の特性をいかし、これらを超えていくものを人々が模索している時代です。資本主義も社会主義も人間の存在は実は希薄です。“心”といった複雑なものは取り扱ってはいません。その複雑なものを取り扱おうとする社会的共通資本という理論が共感を得るのは自然な流れではないでしょうか。

SDGsに影響を与えた思想

社会的共通資本は『すべての人びとが、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力のある社会を持続的、安定的に維持を可能にする自然環境や社会的装置』と定義されています。

この表現から国連のSDGs、持続的発展目標を思い浮かべられる人も多いと思います。SDGsの17のゴールが有機的につながることによって誰一人取り残さない社会が構築されます。この17のゴールを有機的につなぐものが、社会的共通資本という理論なのです。

宇沢が1991年にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世に御進講をした際、産業革命以来人類は資本主義と社会主義の間を行ったり来たりしながら、実はゆたかな社会の構築には至ってはいない、人間の本質を見極めた新しい社会制度が必要であるとお話しましたが、その会場にジェフリー・サックス国連顧問がいました。ご存じのように彼らが中心となり、SDGsをまとめています。

彼は、ニューヨーク在住で、宇沢の愛弟子であるジョセフ・E・スティグリッツ・コロンビア大学教授とも親交が深く、SDGsが宇沢の理論・思想から大きな影響を受けていると言っても過言ではありません。

価格のつけられないもの、例えば子どもや自然がもたらす様々な恩恵など“複雑”なものは、近代経済学は取り扱うことが困難でした。そのため、それらのものは軽視されていました。そういったものこそが人々の生活にゆたかさをもたらす。それを支えるために必要なものを社会的共通資本とする。

その大きな柱である自然環境や電気や水道などの社会インフラ、教育や医療といった制度資本を、現在だけではなく、次世代にとっても社会の共通の財産として守り、持続的に維持管理をしていく。それが、定常状態、経済成長が右肩上がりでなくても成立するゆたかな社会をつくり上げることにつながっていくのです。
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文=占部まり イラストレーション=オリアナ・フェンウィック

この記事は 「Forbes JAPAN No.102 2023年2月号(2022/12/23発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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