追悼・坂本龍一。NHKを辞めた堀潤に託した「大切な言葉」

国内外の多くの人に慕われてきた坂本龍一さん(Getty Images)

NHK職員時代、原発事故の現場を独自で取材し、局内では逆風が吹いていた。そんな時に声をかけてくれたのは、世界的な音楽家であり、アクティビストでもあった坂本龍一さんだった。

堀潤さんからForbes JAPANに寄せられた追悼の手紙。二人の交流の回想からは、晩年の坂本さんの世の中への向き合い方が垣間見えてくる。


坂本龍一さんへ

信藤三雄さんが亡くなり、大江健三郎さんが亡くなり、坂本龍一さんまで亡くなってしまい、本当にどうしてゆけば良いのか途方に暮れそうになる日々を過ごしています。

世界は分断の真っ只中にあり、急きたてられるようにして軍事力強化の話が進んでいく。安全保障政策には軍事力だけではなく外交、経済、民間交流など様々なチャンネルの充実が含まれていますが、いま日本国が掲げる安全保障戦略は「同盟国」と突如あたり前のように登場した文言「同志国」との関係強化が中心で、敵対する国家同士の緊張にアクセルを踏む内容であることに危機感を抱かざるを得ません。

本当に「この道」で良いのか、社会に投げかけ多くの人々と共に議論したいですが、日々の暮らしは切迫しており、世界情勢、国家百年の未来を語る余裕などないと目を閉じてしまう人も少なくありません。少しの余裕があっても「小難しい問題には心が震えるほどの興味が持てない」と薄々問題の所在に気がついていながら目を逸らす人が多いことも実感しているところです。

「一緒に考えて欲しい」と懇願しますが、それでも手を振り解かれ、去っていく後ろ姿を恨めしい思いで見つめ続けているのが僕の心象風景です。「その無関心はきっとブーメランのように我が身に降りかかってくるんだ」と俯いて砂を蹴る日々を過ごしています。絶望に苛まれることだってあります。

マスメディアでは、いま戦争といえばウクライナへのロシア侵攻の報道が中心ですが、シリアで、パレスチナで、ミャンマーで、スーダンで、ブルキナファソで、それ以上の世界のあちらこちらで、想像を絶する暴力が続いている。犠牲者の悲鳴は黙殺されています。

小さな声が「届かない」。報道の量もわずかです。人の生き死に関わる事象が市場原理で値付けされているように思えて歯軋りをしています。映画監督の紀里谷和明さんは自身の最終作「世界の終わりから」の中で 「こんな世界なら滅んでしまえばいい」と主人公に叫ばせていますが、苦労を背負った当事者にそう言わせてしまう孤独や孤立を創り上げているのは「誰か」という問いに、内臓の内側から抉り取るように私自身の無力さを痛感させられます。

諦めそうになる時に思い出す言葉

それでも、私はいま、手紙という形でこの原稿を書いています。どうしようもなく絶望的な気持ちですが、それでも、私はまだ発信を続けるんだと前を向いています。諦めそうになる時に、天に唾を吐きたくなる時に、いつも想い出す言葉があります。

「堀くん、応援しているからね。したたかに、しなやかにだよ」

今から12年前、坂本龍一さんから突然、Twitterにダイレクトメッセージが届きました。

当時の私は、原発事故後の報道をめぐって、局の方針と「伝えて欲しい」と現場で出会った被災者の方との想いの狭間にあって上司と喧嘩ばかりしていました。原発再稼働が日本経済に必要だと主張する国や財界の声は強く、キャスターとして担当していた番組でさえも伝えられる情報の幅はどんどん狭くなっていきました。
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文=堀潤 編集=督あかり

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