ブレンダン・フレイザーのカムバック作品
この作品でアカデミー賞の主演男優賞に輝いたブレンダン・フレイザーだが、前述のように「ハムナプトラ」シリーズに主演している。しかしその後、心身のバランスを崩して、映画界の表舞台からは遠ざかっていた。言わば「ザ・ホエール」は彼にとってはカムバックの作品でもあったのだ。初めて舞台劇を観てからチャーリー役の俳優を見つけるのに10年かかったというアロノフスキー監督は、フレイザーを主人公に起用した理由を次のように語る。
「フレイザーのなかにチャーリーのDNAが見えた。彼はチャーリーが抱いている喪失感を真に理解していた。そしてチャーリーを暗く陰気に演じたら、物語が実を結ばずに終わってしまうことも理解していた。その代わりに彼は、チャーリーのなかにある喜びや愛を直接表現したのだ」
特殊メイクとボディスーツで肥満体にしていることもあるが、「ハムナプトラ」シリーズで見せていたフレイザーの演技と、「ザ・ホエール」でのそれは180度異なると言ってもいい。フレイザーにとってはかなり大胆なチャレンジだったかもしれない。彼自身「この役を演じるのがとても怖かった」とも語っている。
しかし、あのまま「ハムナプトラ」シリーズのような二枚目俳優で終わっていたら、おそらくアカデミー賞の主演男優賞など覚束なかったとも言える。そういう意味で、一度、ハリウッドから遠ざかったことが、今回の主演男優賞を彼にもたらしたのかもしれない。
なお「ザ・ホエール」というタイトルは、もちろん主人公チャーリーの巨体を暗示しているのだろうが、作中の重要な場面で登場するハーマン・メルヴィルの小説「白鯨」の初版英国版の原題でもある。
連載 : シネマ未来鏡
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