2022年7月2日土曜日。ビジョナルグループの中核会社、ビズリーチ社長の多田洋祐が、仲間とのゴルフ中に倒れ、病院に搬送された。
「とにかく生きてくれ」。海外で一報を受けたビジョナル社長の南壮一郎は、そう願い続けた。あんなに頑強な人間が、そう簡単に死ぬわけがない。つい昨日も、オンライン会議をしたばかりだ……。しかし思いもむなしく、多田はそのまま帰らぬ人となる。
インターネットの力で、世の中の選択肢と可能性を広げていく──。ビズリーチは、09年に南たちが創業したスタートアップだ。
多田は創業まもないビズリーチに加わり、経営チームのひとりとして成長をけん引した。そして20年、南ら創業経営陣から指名を受けてビズリーチ社長のバトンを引き継いだ。
ビズリーチといえば、創業者の一人である南の存在が対外的には目立つ。しかし、近年ビズリーチを始めとしたHR Tech事業を実務的に切り盛りしてきたのは多田だった。卓抜したリーダーシップと細かな気配り。そして、誰からも好かれる人柄で、社内外から絶大な信頼を得ていた。実際、多田の入社時(12年7月期)売上高7億円だった会社は、10年あまりで売上高440億円、営業利益83億円(22年7月期)へと拡大した。
そんな多田の突然の死に、グループは大きく揺れた。「即座に意思決定すべきことは2つあった」と、南は振り返る。
ひとつは、多田の後継体制をすみやかに構築すること。ビズリーチは8年近くかけ南から多田への経営の権限移譲が終わり、新体制として軌道に乗ったさなかだった。トップ交代を含めた新体制づくりを迅速に進めなければ、社内に混乱を生みかねない。
もうひとつは、社内外の動揺を最小限に抑えるコミュニケーションを取ること。多田を突然失ったショックは企業にとって大きいが、事業は進み続けなければならない。
「一部のスーパースターに依存しない組織をつくる」
生前、多田はメディアなどでよくこんな言葉を口にしていた。いわく、本当に強靭な組織は、その競争力が仕組みで担保されている。経営するチームメンバーが入れ替わっても、仕組みで組織が動ければ、顧客の本質的課題を解決し続け、事業として、組織として成長し続けることができる。
「強い仕組みをビズリーチに実装すれば、何十年と持続的成長が可能な企業になる」
多田はそう考えていた。仕組みづくりの一例が、副社長ポストの設置だ。多田は自身の社長就任のタイミングで、組織的に明確なナンバー2の役割を規定したのである。