一方で、株式市場に対する配慮も忘れなかった。実際には酒井を中心にした新経営体制で、事業は十分に任せられる状況ではあったが、会長として全面的にサポートすることを社外へ示したのである。
本質を突く言葉が個を動かす
多田の死から半年。3代目社長としてビズリーチを率いる酒井はいま、「多田が遺(のこ)してくれた経営の仕組みは会社の基盤。その財産を生かしながら、自分なりの経営のかたちを模索している」と語る。
同じ山を目指すにしても、リーダーが代われば登り方は変わる。では何を変え、何を変えないのか。酒井は仲間たちとの歩みを始めている 。
南は、最後の経営会議で多田に言われた言葉を噛み締める。新たな決算期の議論で、南が事業の細かなコスト構造や人事について指摘した際、多田は鬼の形相で「でっかい未来を描き続けてくれ!」と南を叱った。
「想像もできないような未来を創れるのは、創業者しかいません。目先や足元のことは我々に任せて、南さんは大きな社会の課題と向き合い、世界や社会にインパクトを与えられるような事業を新たに創り出すために時間を使ってください」
言葉の真価は、有事にこそ問われる。酒井と南が一致するのは、多田自身が繰り返していた本質を突くあのフレーズが、ビズリーチの危機を救ったという点だ。
「描いた未来は、必ず実現する」
多田洋祐が遺した言葉
「でっかい未来を描き続けてくれ!」
ただ・ようすけ◎1982年生まれ。2006年中央大学法学部卒業。エグゼクティブ層に特化したヘッドハンティングファームを創業し、12年にビズリーチに参画。その後は採用担当を振り出しに、ビズリーチ事業部長を務め、15年に取締役。人事本部長、スタンバイ事業本部長、HR Techカンパニー長などの要職を務め、強固な事業組織を構築した。20年2月より代表取締役社長。享年40。