日本発の新しいマーケティングの枠組みを提示した書籍『マーケティングZEN』(日本経済新聞出版)を、鎌倉マインドフルネス・ラボ代表の宍戸幹央氏との共著本として、2023年3月に出版した。「マーケティングZEN」とは、これまでのビジネスのあり方を見直し、無駄を削ぎ落とし、持続可能な環境・関係を意識した、見返りを求めないマーケティング手法である。
その名の通り、禅の教えに着想を得たものだ。先行き不透明な社会・経済情勢にあって、マーケティングZENの考え方はこれからのビジネスやマーケティングの羅針盤となるであろう。すべての経営者やビジネスパーソンにとって必読といえる本書について、内容の一部を再構成する形で紹介したい。
今回は、手放すことで本質が残り、パーパスドリブンなビジネスが実現するという事実についてお伝えする。
手放すことで道が開ける
資本主義経済においては、規模の拡大が求められがちである。次から次へと新たなビジネスに参入することが当たり前とされている。「手放す」という選択肢はとりづらい。そもそも何かをやめるという概念すらない組織を、私たちはいくつも知っている。すでに使ったものの回収見込みのない費用のことを、サンクコストと呼ぶ。損切りするなら早いほうがいい。しかし、これまで費やしてきたお金、つまりサンクコストが無駄になることは、どうしても許せないという思考に人は陥りがちだ。ロジカルに考えれば、損切りすべきであるとすぐにわかるのだが、嫌な現実からは目を背けるのが人間である。結果、ずるずると破滅へと向かっていく。
マーケティングZENの核は、手放すことにある。特にビジネスモデルのスリム化は、すぐにでも取り組むべきものだ。自分のパーパスや内発的動機を理解した上であれば、適切な事業選択は難しくない。経営リスクは減り、安定経営につながる。
手放すことは後退ではない。大いなる前進である。かつてアップルが製品数を絞ったのは、自社の強みとやるべきことを明確にした結果だ。一時は経営的に厳しい状況に陥ったレゴは、提供すべき価値に意識を向け、大切なビジネスを再確認した。手放すことで本質だけが残る。
建築でも同じことがいえる。ポルトガルを代表する建築家、アルヴァロ・シザは、美術館や図書館、集合住宅など、同国内に様々な建築を残している。建築の多くはポルトガルの観光資源ともなっており、今も世界中から建築ファンが訪れる。
多様な作品を残しているが、中でも直線的でミニマルなデザインはシザの代名詞だ。シザをはじめとする欧州の建築に詳しい建築家の丸子勇人は、「デザインを単純化させた結果、光の陰影や連続性のある空間体験を人々に知覚させることに成功した」と、シザ建築を絶賛する。
筆者はシザが手がけたセラルヴェス現代美術館(同国ポルト)を訪れたことがあるが、やわらかい光が室内に入ってくる、居心地の良い空間であった。「引き算」の重要性を認識すると共に、マーケティングZENの構想時にも大いにインスピレーションを受けた。