コロナ禍で浮き彫りになったこと
企業のバックオフィス業務を請け負うリモートアシスタントサービスを提供するキャスター。コロナ禍以前の創業2014年よりフルリモートワークを実践していたが、コロナ禍によって日本の労働環境にはどのような変化があったのだろうか。中川祥太(以下、中川):私たちは、「リモートワークを当たり前にする」というミッションを掲げて活動を続けています。すべての働き方のなかで最も効率がよく、労働者にもリターンを返せると考えているためです。
以前は「リモートワーク」や「テレワーク」といってもなかなか通じませんでしたが、コロナ禍を経て、言葉も浸透し、通じるようになりました。ただ、実際に取り入れてみると、オフィスに出社したときと比べていろいろな面で違いがあるので、その効果をいかに引き出すのか模索されている会社が増えていると認識しています。リモートワークのあり方はまだまだ変化している最中ですが、今後ますます増えていくでしょうね。
佐藤友一朗(以下、佐藤):それはおっしゃる通りですね。私が転職活動中の方々と日々向き合っていて感じるのは、直近の経験者採用のマーケットにおいてリモートワークが許されない企業は、求職者の選択肢から外されるようになってきていることです。2020年9月1日にPayPayが「Work From Anywhere at Anytime(WFA)」を導入して話題になりましたが、それから約3年、企業規模や事業の成長フェーズに関わらず、働き方の柔軟性の多寡が人材獲得力に直結する時代になってきたと実感しています。
中川:もともと地方と東京では賃金も格差があるじゃないですか。リモートで仕事ができると、地方にいる優秀な人材が東京の賃金で採用される。生活費の安い地域にいながら、首都圏に集まっていた高単価な仕事ができるので、同じ仕事をしていても給料が倍とか1.5倍もらえているような感覚になる。そうなると、なにも手を打たない企業は対抗できなくなりますよね。
佐藤:私は、リモートワークの定着が土地だけでなく企業や国のしがらみからも人材を解放すると考えています。もう少し時間が経てば、働こうとする誰もが「この1時間はA社の仕事をして、次の1時間はB社の仕事をする」など、自分にとって最もリターンの大きい仕事を自らの都合に合わせて選べるようになっていくでしょう。その仕事の選択肢も国境を飛び越えて与えられるようになるはずなので、人材の獲得競争はいよいよワールドワイドなステージに突入していきそうですね。
中川:人的リソースのデジタル化が進んでいますよね。これまでにも似たようなことが起きています。例えば、もともとオフィスにサーバーを置いていたのが、徐々にレンタルサーバーを利用するようになり、いまではクラウド化しています。これと同じように、人的リソースも最終的には、どこで誰が仕事をしているのかは関係がなくなり、もっとも効率よく、人材とそのスキルが最高の状態で取り出されるようになっていくと思います。
新卒採用の課題はどう解決されるのか
スキルのある経験者採用のマーケットが変化することで、新卒採用の手法とその現場はどのように変わっていくのだろうか。佐藤:そもそも日本の採用市場には課題が山積しています。そのひとつが、就職活動生は自らの手に「新卒のプラチナチケット」をもつと考え、企業は彼らを「何にも染まっていない真っ白なキャンバス」と見る、いうなれば「新卒至上主義的価値観」が根強く存在していることです。
事業収益への即時貢献を求めるのであれば、中途で経験者を積極採用する方針が正解のはずですが、中途の経験者はその組織に長く定着しないと考えられ、ゼロから価値観を擦り込める新卒が大切に扱われてきました。重厚長大な産業が牽引する高度経済成長期においては、教育も採用も一斉行進型である方が社会全体にとってより効率的だったのかもしれません。
しかし、所属組織から期待される役割が細分化され、求められる職能も専門化・高度化し、複数回の転職が当たり前になるこれからの人生100年時代では、新卒採用をした企業が膨大な育成コストを負担して新入社員を一から鍛えていくことはまったく割に合わなくなるでしょう。
こうした課題を根本から解決するためには、政府主導で初等教育から将来働くことを前提としたカリキュラムに変えたり、教育機関と企業が早くから連携して、学生にビジネス経験を積極的に蓄積させるような取り組みが急務だと思っています。
中川:同感です。コストを負担したうえで、スキルをゼロから身につけさせなければいけないのは、シンプルに言って効率が悪い。だから、うちも新卒採用はしていません。
佐藤:そうですよね。一方で、NECやくら寿司が「新卒1000万」を提示したことも記憶に新しいです。直近でも次々と他の大企業が追随する動きが見られますが、これは年功序列の考え方から実力主義へと雇用や評価制度の在り方にも地殻変動が起きていることを意味しています。
年齢に関係なく、事業収益への貢献度やその早さが問われるということは、「社会人になってから就職した企業にじっくりと育ててもらえばよい」という受け身の考えや、「勤続年数数十年」という勲章だけが自慢という状態では、経験豊富で能力の高い人材に淘汰されてしまうということですから。
中川:新卒採用はしていないですが、新卒の年齢の人はいます。いつの間にか実力をつけて紛れ込んで採用されている。中途採用枠と同じところを通過してきているので、実力があれば年齢や経歴にハードルはないわけです。
佐藤:弊社でもそういったことが起きています。コロナ禍をともに過ごした大学生インターンが約40名在籍しているのですが(23年3月現在)、オンボーディングプログラムを終了したメンバーから次々とクライアントワークへ参加させています。その働きぶりに対するお客様からの評価は高く、「社会人経験を一定積んだビジネスパーソン以上に信頼できる」とお褒めの言葉をいただくほどです。
オフィスへの出社は一律に任意としていて、国内では北海道、秋田、愛知から、国外ではアメリカ、イギリス、フランスからリモートワークで参加するメンバーも活躍しています。こうした長期インターンを通してビジネスエクスペリエンスの先取りを済ませ、就活や社会人としてのスタートダッシュに備える学生が年々増え、さらに若年化している印象です。これから新卒採用・中途採用という考え方は薄れていき、中川さんがおっしゃるように、より能力や経験を重視する採用活動にシフトしていくことでしょう。キャスターでは新卒採用はされていないとのことですが、経験者採用の際に注目しているポイントはありますか?
中川:採用で重視している基本は、その人の行動です。応募のプロセスを適正に通過してくるか。フォームのひとつひとつを記入して送ってくるか。面接に時間どおりに出席するか。面接で出した課題を期日までに提出するか。理由があってできない場合には連絡してくるかどうか。当たり前のことのようですが、これだけで、その人のスキルがわかります。
佐藤:なるほど。私もこれまでに何度か、組織内におけるハイパフォーマーとローパフォーマー分析を経験してきましたが、異なる組織の分析結果に共通することとして「ハイパフォーマーは入社時の選考応募書類に空欄がない」というデータがありました。例えば履歴書の「帰省先」や「その他」、「特記事項」の箇所は空欄のままで提出されがちなのですが、ハイパフォーマーだと評価されている人材はもれなく「現住所と同一です」や「特にありません」などと記載しているということです。
ビジネスの場で輝かしい実績を残したり、他者からの評価を獲得したりするためにはコミュニケーションが欠かせませんから、企業への提出書類を他者との意思疎通がシート化したものと捉えると、空欄があるということは意思疎通の過程に穴があることと同義なのかもしれません。日頃から注意したいところですね。
中川:採用する側にも、相手の行動、スキルをきちんと測れるように採用プロセスやハードルを明確に設定する必要があるでしょうね。
必要とされる能力は働き方で変わるのか
働き方、労働環境、採用市場が大きく変化するなかで、仕事をする上で求められる能力もまた変わっていくのだろうか。中川:今後リモートワークが浸透し、さらにAIが活用されるようになると、いわゆる「バイアスレス」と呼ばれている事象も進むと考えています。仕事をしてくれる人の性別、年齢や国籍のような働く人の属性が関係なくなる。どんな仕事をいつまでにやったのか、経緯と結果がすべて足跡として記録される。これでハッピーになる人も、逆に不幸になる人も出てくるでしょう。
佐藤:たしかにそれは想像ができます。例えば、既存の「調整役」や「ムードメーカー」と呼ばれる役割や能力などは、評価が変わっていくかもしれませんね。求められる成果を最短距離で目指すような、論理的なプロフェッショナルだけでその都度プロジェクトチームが組成されていくと、誰かの機嫌を伺ったり、合意形成が円滑に進むように事前に根回しをしておいたりといったことが、最低限で済むようになると考えられます。メンバー同士の気持ちのよいコミュニケーションはもちろん大事ですが、「仕事とは何か」という問いに対して遊びが少なくなりそうですね。
中川:個人的には、そういった人たちも動き方次第で価値がつくのではないかと思っています。投資信託で考えてみると、いまの人材市場は全銘柄を自由にリアルタイムで取引できる状態です。それをブラックボックス化して運用することでパフォーマンスを出す人たちがいる。ブラックボックス化されたなかでは、意思決定においてなんらかのコミュニケーションハブが存在するわけで、そのコミュニティのなかにおいてはムードメーカー的な人たちにも一定の価値がつくと思います。
佐藤:なるほど。最近「スキルのスコアリング」というテーマに注目しているのですが、欧米の研究論文では職業別に求められる能力が細分化・定量化がされつつあることに驚かされます。この考え方が洗練されていけば、その人のビジネスパーソンとしての価値が明確になり、旅券や宿泊料などのように市場における需給バランスが考慮され、人材が時価で取引される(ダイナミックプライシング)、そんな時代も遠くないかもしれません。
そんな技術が確立されれば、いまのような経験や感覚に頼った面接はなくなりますし、誰もが長期的目線に立って戦略的にキャリアプランニングできるようになりますよね。20年に経済産業省が発表したボストンコンサルティンググループの調査資料でも、環境変化を踏まえた「個」に求められる力の変化について言及されていますが、私自身、未来を見据えてどんどんアンラーニング(Unlearning)やリスキリング(Reskilling)をしていかないと時代に取り残されてしまいそうだと感じます。
——労働環境の変革が急速に進み、働き方はより自由に、より効率的になった。今後さらに企業が人材の多彩な能力を活用し、働く人たちが輝き続けるためにも、一人ひとりの自己分析とキャリアプランニング、なにより、どのように学び、成長し続けていくのかが問われる時代を迎えているのだ。
VISIBRUIT
https://visibruit.co.jp/
佐藤友一朗◎VISIBRUIT代表取締役CEO。美容系専門商社経営企画室、ITコンサルのHRを経て2016年にVISIBRUITを創業。採用のスペシャリストとして約15年間、大手総合広告代理店、コンサルティングファーム、大手SIer、大手人材、メガベンチャーの採用戦略立案から実務までを手掛け第一線に立ち、通算5万人超の面接、キャリアカウンセリングを経験。
中川祥太◎キャスター代表取締役CEO。下北沢で古着屋を経営した後、インターネットの広告代理店オプトに入社。その後、掲示板監視などのアウトソーシング業務を手掛けるイー・ガーディアンで大阪営業所の立ち上げに携わり、新規事業を担当する事業企画部に異動、クラウドソーシングによるBPO業務を担当。2014年にキャスターを創業。ソーシャルリスクの専門家としてメディアへの出演も多い。