筆者は職業柄TikTokをよく閲覧するのだが、「全面禁止はデマ」であるという日本語の解説動画が、昨年からよく上がっているのを目にしていた。解説動画の主たちはTikTokが禁止されるのは政府職員など公的機関の人々が使う端末のみで、民間では禁止されるわけではないから、早とちりをするなと呼びかけていた。
彼らの主張が受容されたかのように、TikTokは米国でみるみるユーザー数を伸ばしていき、現時点(2023年3月)でのアクティブユーザーは1億5000万人もいるという。実に米国の人口の約半数が使っているということになる。
しかし、その頃からTikTok全面禁止の可能性は確かにあった。米国の政治をよく観察していればわかるのだが、TikTokの全面禁止は「ユーザーデータへのアクセス」という言葉からイメージされる軽いものではなく、その先にある世論操作まで想定されるものだからだ。
トランプの集会へ「空予約」の呼びかけ
TikTokで世論操作など本当にできるのだろうか? その可能性を想像させる事件が、2020年6月に起こっている。当時は、大統領選挙のキャンペーンの真っ最中。トランプ候補の集会が、TikTokユーザーによって空席だらけになるという出来事が発生したのだ。オクラホマ州で行われるトランプの集会を「空予約しよう」という呼びかけがTikTokで行われた。集会の運営側は100万人以上の予約があったと意気揚々と事前に発表していたのだが、実際には約2万人規模の会場に空席が目立つほどの動員にとどまった。
会場に収容できない人々用にも追加の演説が予定さていたが、当然中止。3カ月ぶりに行われた集会は散々な結果となった。
公平を期すために言えば、トランプ陣営はTikTokによる影響を否定しているし、空予約も適切に排除していると主張している。当時は新型コロナウィルスの感染拡大もいま以上に懸念されていたこともあるし、Kポップファンによるトランプ反対運動が効いたという説もある。
しかしTikTokで空予約の呼びかけが行われて、それがかなり拡散したのは事実である。筆者もその影響は少なくないと考えている。
そしてその3カ月後の9月、意趣返しのように当時大統領であったトランプはTikTokの新規ダウンロード禁止の大統領令を発出した。やはり安全保障上のリスクがあるという理由によるものだ。
結局、TikTok側の異議申し立てを受け、裁判所が大統領令の一時差し止めの判決を下したため、実際には禁止措置は実行されず、その後バイデン政権になり、大統領令そのものが撤回された。