こうした銀行幹部の多くはソビエト連邦崩壊後、国や地方自治体が資産を売却した際に銀行の経営権を与えられた人たちだ。だが、銀行経営に関する知識はまったくなかった。バーゼル合意のような金融安全保障に関する協定には加盟せず、銀行をあたかも自宅のカジノか、世界中を飛び回るロシアの私利私欲にまみれた銀行幹部たちの個人用自動預払機(ATM)のように利用していた。その末に銀行が破綻すると、ロンドン、ニューヨーク、マイアミ、ドバイ、キプロスといったお決まりの場所に移動し、現地の高級不動産業者から両手を広げて歓迎されたのだ。
最も有名なのは、不正行為とずさんなリスク管理のために2014年に国による救済を余儀なくされたトラスト銀行の元共同所有者であるイリヤ・ユーロフ、セルゲイ・ベリャエフ、ニコライ・フェチソフの3人だろう。ユーロフは現在、ロンドンに住んでいる。他の2人の居場所は不明。英ロンドンの高等法院は2020年、3人に対し、ロシア中銀に9億ドル(約1200億円)を返納するよう命じたが、支払いはいまだに実行されていない。
また、ボリス・ミンツもロシアの脆弱(ぜいじゃく)な金融システムを利用していた銀行家の1人だ。ミンツは自身が所有していた民間金融大手オトクリチエ銀行が深刻な流動性危機に陥り、中銀に管理を移されると、政治亡命を主張。現在はロンドンで暮らしている。だが、ロンドン高等法院は今年初め、ロシア政府が現在政府の管理下にあるオトクリチエ銀行を通じて起こした訴訟で、ミンツ側に8億5000万ドル(約1100憶円)の支払いを命じる判決を下した。
つまり、ロシア中銀が「幽霊銀行」を整理していたさなかに欧米の制裁が行われていたら、大混乱に陥っていたかもしれないのだ。しかし、昨年の制裁が始まる前に、このような銀行の乱立がおおむね一掃されていたため、ロシアの銀行はたとえその銀行の投資家が無一文になったとしても、安全で健全なままでいられるのだ。