自宅から介護施設への移動
認知症などの診断がつくと、老人をすぐに介護が必要な施設に入れるという、性急で慌ただしい行動をとる家族もいる。常にケアの目が届く環境に移ることは、老人にとっては非常に理にかなっている。しかし、老いた親自身が意思決定に関与することはできないのだろうか?高齢の愛する家族が自宅を出て、ケアを受ける環境に身を置く必要がある場合には、その高齢者に少なくとも何らかの選択肢を提供することを提案したい。「引っ越したくない、ほっといてくれ」と言う高齢の親とは議論せず、その代わりに家族は「お医者さんが手助けを受けながら生活することを勧めているんだよ。うまくいくだろうと思う2つ(もしくはそれ以上の数)の場所を見せたいんだけど」と言うことができる。彼らの意見を尋ねるよう。何を見たいかを尋ねよう。たとえ著しい記憶障害があったとしても、相手の考えを尊重していると声に出して伝えることは重要なのだ。自宅を離れなければならないときに、何も言えなかったとしたら、高齢者は痛みを感じるかもしれない。反対されても、されなくても、意見を尋ね話を聞くことは大切だ。家族は、老親の考えが安全ではないと納得しないかもしれないが、それでも老親の意見に耳を傾けてあげることは重要だ。あなたの敬愛の念を示すには、耳を傾ける姿勢が重要なのだ。年齢を問わず、話を聞いてもらえたと感じると、争い事が減る傾向がある。AgingParents.comで年長者やそのご家族と協力している私たちは、年老いた親がやりたくないことをするように命じられ、誰も彼らの好みについて尋ねようとしないときに、喧嘩が繰り返されるのを見てきた。そんな厄介な争い事を避けたいなら、傾聴を試してみてはいかがだろうか。
無意識のバイアスを変える
「老い」が持つイメージは、一般的にはネガティブなものだ。それは米国社会の中で私たちに染み付いている。私たちは、老いに対する思い込みを意識的に変えて、年長者の中にまだ無傷で残っているものにもっと焦点を当てることができる。認知機能が低下し、体が弱っていても、可能な限り、老いた親自身にある程度の決断をさせよう。彼らの立場に立って考えてみれば、ごく基本的な選択をする権利は年齢に左右されないということがわかるだろう。相手があなたが自分をコントロールしていると文句を言ってきたら、あれこれ言われることは嫌だよねと認めつつ、できるだけいろいろなことを自分で選んでほしいと思っていることを素直に伝えよう。相手のためを思ってやっているんだ、などと主張する必要はない。それはあまりにもロジカルな物言いで、相手が感じているであろう「人生のコントロールを失うという感情」とは相容れないからだ。まとめ
・誰もが同じように年をとるわけではないことは明らかだ。障害を持つ年長者であっても、自分の考えを聞いてもらえることは当然だ。基本的な判断がまったくできないと決めつけるのは、彼らにとって不公平な扱いだ。・年齢差別的な考え方は、私たちの社会では避けて通れない。私たちは、老いた両親の意見を聞かずに決めつけることで、無意識のうちにそうした差別的な考え方を自分の行動に取り込んでいるのかもしれない。もちろん必ずしも彼らの望むものすべてに従う必要はない。しかし、少なくとも、重要な決定について、彼らが何を望み、何を考えているのかを話す機会を十分に提供することはできる。
(forbes.com 原文)