平日の夜8時前、石川島播磨重工やマルハニチロ、日本ユニシスといった企業のオフィスなどが入るビル街。見上げれば各窓には煌々と灯りが輝くものの、暗い歩道には歩行者はほとんどいない。そこを抜け、ぽつんとあるチェーン店の居酒屋に足を踏み入れる。
一転、明るい店内、どっとあふれる飲み客たちの声。1階の真ん中あたりの大テーブルで男性ばかり9人ほどのグループが宴会をしていた。何時頃から飲んでいるのだろうか。すでにかなりの酒を聞こし召しており、なかなかもって宴席の声も大きい。
そのグループのすぐ隣の4人席に案内され、うるさいなあ、はずれ席だな、と思いながら着席する。
これはなんだ、まるで理想の会議体だ!
ところがすぐ、あることに気づいた。隣のグループからは「これはふつうの宴会ではない」オーラが強烈にたちのぼっているのだ。なにしろ雰囲気が底抜けに明るい。終始、呵呵大笑。叩き合う肩や背中。会話の内容まではわからないが、どうやら愚痴や説教の類とは無縁のようだ。何より「ふつうでない」のは、酒席が長くなってくると必ずと言っていいほど起こりがちなあの誰か1人の「長口舌」や「演説」がないことだ。その代わりに、誰かが数十秒しゃべるとどっと笑いが起こり、また別の誰かが数十秒話して盛り上がる。
「うんうん」と縦に振られる一同の首。そしてまた別の誰かが数十秒しゃべり……、全員が話し手であり聞き役でもあるのだ。昼間のオフィスで、もしも同一メンバーで複数回開催されているとすれば、まさに理想の会議体であろう。議事録を取っているメンバーがいないのが残念なくらいだ。
これは一体なんなのだ? まさに「幸せなサラリーマンの仕事終わり」をアイコン化したような風景ではないか?
大団円は、「華麗なる会計」シーン
やがて夜も9時を回り、水の入ったコップが人数分、運ばれてきた。左はしで、グループのなかでは比較的静かに飲んでいた男性が会計とともに頼んだらしい。水が行き渡ったタイミングで、それがまるで合図であるかのように、今度は右はじの男性が立ち上がり、精算を始める。そして、次々に1000円札が重ねられ、席から席へと移動し、彼の手の中にあっという間に収まる。
そのスピードたるや、まさに特筆に値した。もしかすると各々があらかじめ、必要と思われるだけ1000円札を用意して宴会に臨んだのではなかろうか。またたく間に会計は済み、みな足早に、そして楽しそうに店を出ていく。
そして何よりも驚いたのは、彼らが去ったあとの宴席だった。
料理の入っていた大皿(近づいてよく検分すると、1つだけ「えびせん」が数枚、残っている皿あり)、取り分け用の小皿、そして、最後に配られた水のコップ以外のグラス類、それらのすべてが空ではないか!
これぞまさに、「アート・オブ・宴会」、鮮やか、あっぱれ。心の中で喝采しつつ、静まりかえった大テーブルを名残惜しく眺めたのだった。