西田氏は当時、モスクワの日本大使館に勤務していた。衝撃的な事件の発生を受け、西田氏らはソ連政府と接触し、真相を追及した。西田氏が面会したソ連外務省担当局長は、メモ一枚を見つめながら「ご指摘のような機体は、わが国領土内には存在しない』と何回も繰り返した。数日後、再再度面会したKGB(ソ連国家保安委員会)関係者は「これはミステークだ」と釈明した。
西田氏によれば、ソ連軍は侵入してきた航空機の正体を十分に確認していなかった。当時のソ連極東軍は、米軍の爆撃機と誤認した可能性があるが、クレムリン中枢は状況を事前に把握していなかった可能性が高いという強い印象を得たそうだ。「外務省担当局長の苦渋と憔悴に満ちた姿を忘れられません」と語る。
西田氏はたびたび、クレムリンを訪れた。白を基調とした宮殿風の建物内部には、金細工の豪華な調度品で一杯だった。それでも、子細に眺めてみれば、調度品はどれも安っぽく、フランスのエリゼ宮などに比べて、かなり見劣りがした。
「ソ連の国力の限界を見た思いでした。冷戦時代の米国との競争でも、背伸びを続けた果てに最後は息が切れて自壊しました」
その流れが今も続いていることを証明したのが、黒海上空で起きた米無人機とロシア戦闘機による接触事件だった。米国はロシア軍戦闘機の行動を「アンプロフェッショナルな行動だ」と批判している。F4戦闘機のパイロットだった杉山良行元航空幕僚長は「操縦技術が未熟だったり、常識から外れたりしたむちゃな飛行について、私たちは『アンプロフェッショナル』という表現を使います」と語る。
杉山氏によれば、ロシア軍パイロットは、地対空ミサイルなどを避ける有効な手段である低空飛行も満足にできていない。黒海で起きた米軍無人機に接触した墜落事故も「ハラスメントするつもりが技量未熟でぶつけてしまった」というのが実情なのではないかと指摘する。