当時の彼は、コンサルティング企業の社員として中東企業のマーケティング戦略を担当していたが、PowerPointの資料づくりに追われる毎日にむなしさを感じていた。「あの時は、リヤド郊外の砂漠の真ん中で、『私はいったい何をしてるんだろう』と思っていたんです」
そんな思いで会社を辞めることを決意し、飛び込んだ先が、中国のゴビ砂漠の名を冠したアジアのベンチャーキャピタルだったことに、今でも運命的なものを感じているとタンは話す。
現在37歳の彼は、アジアを代表するスタートアップ投資家として頭角を現している。運用資産が15億ドル(約1970億円)のゴビパートナーズでのタンの投資先は67社におよび、そのうちの8社が評価額が10億ドルを超えるユニコーンだ。
その中には、ブロックチェーンゲーム開発のアニモカブランズや物流プラットフォームのGogoX、フィンテック企業のWeLabなどが含まれる。また、遺伝子検査大手のPreneticsは昨年5月、香港を拠点とするスタートアップとして初めてナスダックに上場した。
2002年設立のゴビパートナーズは、320社のスタートアップに投資しており、そのうちの少なくとも10%が中国本土に拠点を置く企業という。2022年12月にゼロコロナ政策を脱した中国では、投資家の心理が急速に改善しているが「次のチャンスはグレーターベイエリアにある」とタンは話す。
中国GDPの11%を占める「湾岸部」のチャンス
中国語で「大湾区」と表記されるグレーターベイエリアは、香港・マカオに加え広東省の珠江デルタの9都市で構成される中国の南の湾岸部の一帯で、人口は8600万人以上、2020年のGDPは政府統計で1兆6700億ドルとされている。ゴビパートナーズは、2021年の中国のGDPの11%を占めるこの地域で、次世代の起業家の育成を目指すアリババの起業家ファンドの運営なども手がけている。上海で生まれ、3歳からボストンで育ったタンにとって、中国で仕事をすることは長年の夢だった。2007年にハーバード大学を卒業した彼は、コンサルティング企業のモニター・グループに務めていた時代にゴビパートナーズの共同創業者のトーマス・ツァオに出会い、中国で最も初期に設立されたベンチャーキャピタルの1社である同社に2009年に入社した。