このパラドックスに対し、「カスタムAI」で注目を集めるLaboro.AI代表取締役CEOの椎橋徹夫は、「新たな成長指標」の確立を提言した。
日本経済は、ついに「ゼロ成長」にまで陥り、長期にわたって成長から遠のいてしまった。社会全体が「低成長体質」になっている状況を変えるには、根本的な改善が必要だ。多くの企業はそのためにもっと成長に対して貪欲になるべきだとLaboro.AIの椎橋は指摘する。
「傾向として、目先の効率化にとらわれすぎているように見えます。AIに対しても、例えばアメリカでは中長期的な成長を見据えた活用が多いのですが、日本ではビジネスオペレーションの自動化や省力化といった短期的な業務効率化へのニーズが大半です。既存の業務を効率化するだけで企業を成長に導くことは難しく、成長投資としてAIを活用することが重要なタイミングになっていると言えます」
業務効率化は効果が数字で測りやすく、取り組みやすい。ただ、基本的に既存ビジネス、つまり、見えているものに対する処理にとどまり、「見えなかったものを見えるようにする視点」に欠ける。この観点では、まだ見えない次の時代に向けた成長を狙うことは難しい。
「現在、社会問題や環境問題などの解決を求めるインパクト投資が拡大しています。これまでは、測りやすい売上や利益を『成長指標』とすればよかったのですが、従来数値化されなかった要素も重視されるようになりました。従業員の“働きがい”のようなエンゲージメントが注目されているのもその表れでしょう」
もちろん、売上や利益といった経済的な指標は今後も必要となる。それに加えて、定性評価も含めた多元的な軸を「成長指標」に取り込まなくてはならないということだ。そのためには、「成長」を再定義したうえで、その指標やKPIを設計していかなくてはならない。
「当然ながら、企業によって『成長』の定義も、設定する指標やKPIも変わります。ビジョンやパーパスといった、その企業が最も大切にする思いともダイレクトにつながりますから、常に見直さなくてはなりません」
AIは「経験や勘」を可視化し、定性評価を定量化できる技術
では、多元的な軸を取り込んで企業ごとに設定された「成長指標」は、どのように計測すればいいのだろうか。「例えば、人間の幸福度のような定性的な状態を計測し、価値に変換できるのがAIの秘めた可能性です。旧来の画像解析技術だと、犬と猫を見分けることもできませんでした。それが、急速にAI技術が進化し、ディープラーニング(深層学習)の登場によっていまでは、音声や動画から感情分析を試みるまでになっています」
つまりAIは、見えなかったものを見えるようにし、より人間の本質的な価値を測定できる可能性をもった技術ということだ。データにはどうしてもデジタルなイメージがつきまとうが、AIはむしろアナログな情報を可視化・数値化する技術だといえる。そこから一歩先に踏み出すと、人間が意思決定を行う際にひとつの指標になっている、経験や勘の可視化も見えてくると椎橋は話す。
「かつて国内産業を牽引した経営者たちには、経験や勘という、財務指標などからは見えない直感的な経営指標をもっていました。これは意思決定を行う際にとって重要な指標です。ところが現代において、データドリブン経営が重視されすぎるあまり、『(計測できる)データで判断しましょう』という偏重が起きているように思うのです。
いま見えているものだけに頼った経営判断では、重要な成長機会を逃してしまう。より大事なことは、かつて“直感”と呼ばれていた感覚値をデータ化し、活用することです。定量化された直感を、共通の指標として標準化させていくことが、さらなる成長機会をもたらすはずです」
これは、単なる「感覚の数値化」という話ではない。より適切な「評価」も可能となる。
「例えば、ラグジュアリーブランドの店内にAIカメラを設置し、人の体温、心拍、脈拍などの生体反応を非侵襲に計測することができれば、その変化からスタッフと顧客がどんな感情でコミュニケーションをとっていたかを推定できます。顧客の満足度が高ければ、未来の売上の先行指標にもなりますし、スタッフの感情に着目して幸福度を測ることで、ブランドが行う店舗評価のあり方も変わってくるはずです」
従来の店舗評価でも、売上や来店客数、購入頻度だけでなく、接客スキルは評価の対象だった。しかし、定量的な測定が難しい接客の評価は、主観的かつ定性的になりがちだ。継続的な品質管理が困難なうえ、評価されるスタッフのなかには納得できない人もいるだろう。感覚的なマネジメントは支障を来す恐れもあったが、AIの活用によってそれらが好転する可能性がある。
「最近は従業員エンゲージメントが重視されるようになってきたので、従業員満足度を数値化することで、その値が高いブランドや店舗は採用もしやすくなるでしょう。『幸福度スコア』のようなものを作成すれば、給与以外の指標でブランドの価値を示すことができます」
そうした動きが積み重なることで、「これまでの世の中の評価基準が新たに置き換わっていく」と椎橋は言及する。確かに、定量的な数値による分析は、どうしても顕在的な行動の結果で行われてきたが、AIを活用することで、潜在的かつプロセスの評価も定量化できるようになる。
「感情などの定性面を定量化できるようになれば、経済価値と比較もできるようになりますし、経済価値と同等の指標として扱えるようになる可能性があります。そうすると、KPIだけでなくビジョンやパーパスに組み込み、多元的かつ多面的な『成長』を戦略的に追求できるようになるはずです」
技術を知るからこそ、「成長」をドライブさせる術が見える
気になるのは、どんな指標でもAIは計測できるのかということだ。「それこそ、かなりの規模の計算リソースをかければ、劇的なことが可能になるというのはわかっています。最近話題のテキスト生成AIも、かなりの巨額投資がなされていますが、それだけの意味があると判断したからこそ実行されたわけです」
もちろん、テキスト生成AIと同じ規模の投資ができる企業は限られる。ポイントは、そうすることが「成長投資」だということだ。企業によって異なる「成長指標」の創造を目指し、中長期的な視点でどんなAIが必要なのかを見極め、戦略的に投資をする。Laboro.AIが提供する「カスタムAI」は、まさにそれを支援するサービスだ。
「私たちLaboro.AIは、短期成果を目的としたSaaSなどのプロダクトを提供するのではなく、クライアント企業の変革やイノベーション創出を中長期で伴走支援することを使命としています。ビジネスの課題解決や、ビジネスチャンスを掴むためにAIをどう使っていくか、クライアントと議論を重ねながら実際に開発をしていきます」
最先端の技術の成熟度を踏まえ、投資額に対するリターンを適切にアセスメントし、その企業にとって最適な戦略を共に練り上げ、AIを実装していく。ボストン コンサルティング グループで磨き上げたコンサルティング力と、AI研究の第一人者である東京大学教授・松尾豊の研究室で吸収した知見をもつ椎橋を筆頭に、ビジネスとテクノロジーの両輪を回せる「ソリューションデザイナ」と呼ばれるハイブリッドな人材が集まるLaboro.AIだからこそできることだろう。
「テクノロジーの深い部分を理解しているのとしていないのとでは、発想がまるで違ってきます。これは、私自身、優秀なエンジニアを擁したことで実感したことです。目指すものを達成するには、どんなAIが必要なのかを見極めるのもそうですし、どのくらいの投資をすればどのくらいのリターンが得られるかも、技術の限界ラインを知らなければできないことです。一方で、ビジネスに対する感覚がないと、成長のためのフィジビリティの見極めも難しいものです」
不確実性が高まっているいま、そうした「成長投資」の適切な見極めを支援するだけでなく、実装まで伴走する存在が貴重なことは言うまでもない。
「新しいテクノロジーによるイノベーションは、業務効率に限定するのではなく、成長マターの話だと思うのです。そして、経済成長だけが価値にならなくなったいま、成長は多元的になっていて、その指標を計測するのにAIが重要な役割を果たせるということは強調したいですね。
多元的な成長をドライブするAIというテクノロジーを使いこなし、成長に対する貪欲さを取り戻すことで、グローバルな競争力を高められると確信しています」
Laboro.AI
https://laboro.ai/
しいはし・てつお◎米国州立テキサス大学理学部卒。2008年にボストンコンサルティンググループに参画、14年、当時最年少でプリンシパルにまで上り詰める。東大発AI系のスタートアップ企業を経て、16年にLaboro.AIを創業。代表取締役CEOに就任。