従来の株式や債券との相関関係が低いオルタナティブ資産。そこで日本におけるオルタナティブ投資の現状と未来について、野村證券常務執行役員ビジネス統括兼本店⻑の栗原裕治(以下、栗原)、SMBC日興証券専務執行役員営業統括の坂本昌史(以下、坂本)、CAPITAL X代表取締役CEOの藤井隆志(以下、藤井)、そしてTIAA(米国教職員退職年金/保険組合)の資産運用を担うヌビーン・ジャパン代表取締役社長の鈴木康之(以下、鈴木)に語ってもらった。
多様化する日本の富裕層の資産運用ニーズ
─まず、日本の富裕層が抱えている課題、資産運用に対するニーズについて伺えますか。栗原:野村総合研究所の推計によると、世帯の純金融資産1億円以上を富裕層とした場合、2019年時点で132.7万世帯、保有総額は333兆円です。その多くはオーナー経営者であり、従前は次世代ファミリーへの事業承継・資産承継が中心的なニーズでしたが、近年はM&AやIPO等の親族外承継を選択する方も増えており、当社がソリューションを提供すべき分野はますます広がっています。富裕層のプライベート投資がベンチャー企業の成長を促し、IPOによって次世代の富裕層が誕生する、というエコシステムも機能し始めていると実感しています。
坂本:日本の富裕層は経営者、資産家、株主、家族という4つの顔をもっておられます。そして、それぞれの立場によって異なるニーズがあります。経営者であれば事業戦略、資産家であれば税金対策、株主であれば資本政策、家族であれば相続対策が基本的なニーズで、さらに多様化も進んでいます。こうしたニーズに対応するため、SMBCグループとしては運用だけでなく、ビジネス、社会貢献、相続、事業承継、教育、エンターテインメントなど、富裕層を取り巻く360度のニーズに対して、お客様に適したソリューションを提供すべく、2020年度に「SMBC Private Wealth」を立ち上げ、グループ一体でのサービス提供体制を構築しました。
藤井:私どものお客様も企業経営者が中心です。業歴が長く、2代目、3代目の創業家経営者は、受け継いだ企業の事業を安定させることに加えて、いかにして次の成長機会を見つけるか、事業承継をスムーズに行うための資本政策などさまざまな悩みを抱えていらっしゃいます。成長著しい企業の創業オーナーであれば、事業成長に加え、IPOなどにより築いた資産を家族や社会のためにどう生かしていくのか、常に心を砕いていらっしゃいます。当然、資産の効率運用についても関心はおもちですが、金融市場の変動が激しいため慎重な姿勢にならざるをえず、結果的に現金比率が高いまま放置されている方も少なくありません。
マーケットの混乱で関心が高まるオルタナティブ投資
─株式や債券など伝統的資産と相関性の低い値動きをするといわれているオルタナティブ投資。日本の富裕層の関心度はいかがですか。藤井:日本の公的年金を運用しているGPIFでも、オルタナティブ投資の比率は5%を上限にしており、世界に比べてまだまだ浸透していないと認識しています。ただ昨年来の株価下落や長期金利上昇による債券価格の下落を受け、伝統的資産と相関性が低いとされるオルタナティブ投資への関心が高まってきたのも事実です。オルタナティブ投資は総じて流動性が低いため長期資金を運用する年金や大学のような機関投資家に好まれてきましたが、米国では富裕層の資産運用・管理会社であるファミリーオフィスも積極的に取り入れています。日本でも、中長期目線で投資をとらえる富裕層を中心に、オルタナティブ投資が浸透していく可能性は十分にあると見ています。
栗原:日本におけるオルタナティブ投資は現状、機関投資家向けが大半なので、個人の富裕層を対象にした商品提供の充実が求められます。弊社の場合、グローバルネットワークを活用して、機関投資家から高い評価を受けているオルタナティブファンドを、募集・販売対象者数が制限された私募投信のかたちで提供しています。伝統的資産とは異なる特性をもっているので、分散投資の観点から高い投資効果があると考えています。
坂本:オルタナティブ投資は株式や債券とは異なる資産を投資対象とするものや、多様な運用戦略を提供できるものと認識していますが、まだ市民権を得るところまでは至っていないと考えています。現状では一部のお客様にしか提供できていませんが、戦略の複雑さや設定・解約に制限が付いていることなどを考えると、お客様の属性に応じたご案内が必要な場面も多く、将来性は認識しているものの、まだ発展途上というところでしょう。
長期的な時間軸での資産保全と社会課題解決への最適解
─世界の富裕層は、オルタナティブ投資についてどう考えているのですか。鈴木:世界的に共通するのは、ポートフォリオの効率をより高めるため、株式や債券などの伝統的資産だけでなく、プライベート・キャピタルを中心にしたオルタナティブ投資への資産配分を増やしていることです。プライベート・キャピタルとは、プライベート・エクイティ、つまり未公開企業株式への投資や、プライベート・デットといって、信用力の低い企業に対して金融機関以外の投資家から集めた資金をローンとして提供することを指します。富裕層の資産運用は長い時間軸のなかで資産保全することを第一義に考える傾向があります。そのため比較的長期目線で戦略を立てるオルタナティブ投資とは高い親和性があります。それとともに富裕層の方々は単に金銭的なリターンを求めて投資をするのではなく、自らの投資が環境問題など社会課題の解決につながることを望む傾向が見られます。オルタナティブ投資は森林などへの投資も行うことから脱炭素など社会課題の解決に資する側面ももち合わせており、それも富裕層が注目する一因であると考えています。
─富裕層向けに提供しているオルタナティブの戦略、ならびに注目しているオルタナティブ資産があれば教えてください。
栗原:国内のコアな不動産に投資する不動産ファンド、国内および海外のベンチャー企業に投資するVCファンド、安定したキャッシュフローが特徴である海外プライベート・デットや、グローバルに展開するインフラファンドなどを扱っています。2021年に富裕層向けに募集・販売した米国ベンチャー企業を投資対象とした私募ファンドは、1億5,400万米ドルの募集額を大きく上回る金額を集めることができました。さらに22年3月より米国非上場REIT(不動産投資信託)を投資対象とする日本初の公募ファンドの取り扱いも開始し、22年9月時点で3億2,300万米ドルの純資産総額になっています。
坂本:私募ファンドはおもにプライベート・エクイティファンドです。公募ファンドはREITやコモディティに加え、ヘッジファンドの取り扱いを増やしています。ヘッジファンドについては、ブリッジウォーターやツーシグマといった世界でもトップクラスの日本からはなかなかアクセスできない運用会社も採用し、今後もラインナップを積極的に増やしていく方針です。また中長期分散投資の意向をおもちのお客様を中心に、弊社 Chief Investment Officer(最高投資責任者)のビューに基づいた資産管理型提案を行っており、そこにオルタナティブ資産を一部組み入れることによって、アルファの分散やポートフォリオの適正化が図られるようになりました。これは今後、ポートフォリオ提案を浸透させていくうえでも重要であると考えています。これまで取り扱ったことのない資産クラスも模索しているところであり、運用会社から情報や投資アイデアの提供を受けているところです。
藤井:海外不動産のバリューアッド型の投資戦略や、プライベート・クレジット、ベンチャーキャピタル、海外プレIPO投資戦略など幅広く提供しています。例えばプライベート・クレジットのような安定したキャッシュフローが得られる戦略は、IPOして間もない創業経営者に非常に適した戦略です。なぜなら、IPOしたばかりの創業者の資産は大半が自社株式によって占められ現金が少なく、かといって現金を確保するために自社株式を売却するわけにもいかないという構造になりがちなためです。そこで、安定したキャッシュフローが得られる戦略を組み込んでおけば、経営者は自社の成長戦略に資源を集中させながら、生活の充実に必要な資金を確保できます。また、すでに長きにわたり国内で強固な事業基盤を築いているオーナー経営者の方々は、余剰資産を活用してSpaceXのような前例のないイノベーションを起こしている未上場企業への投資を通じ、高い運用収益とともにグローバルな視点と世界の大きな変化に関する知見を得ることができます。
個人の富裕層でも投資できる幅広い投資戦略
─オルタナティブ投資の最前線で注⽬されている戦略について、教えていただけますか。鈴木:オルタナティブ投資には非常に幅広い投資対象があり、例えば非上場企業に対して資本投資や貸し付けを行うプライベート・キャピタル戦略、不動産、農地、森林、再生可能エネルギーといった実物資産を対象にした投資戦略などがあります。これらの戦略は伝統的資産との相関性の低さに加え、資産クラスによっては景気循環の影響を受けることなく安定したリターンを享受できること、投資を通じて環境・社会問題の解決につながることなど、さまざまな観点で注目が高まっています。これらオルタナティブ資産の多くは、かつて機関投資家でなければアクセスが困難でしたが、近年では個人の富裕層でも投資できる商品が増えています。ちなみに弊社では、前述したような非常に幅広いオルタナティブ資産のラインナップをもっています。常にお客様と同じ目線をもつため、オルタナティブ戦略ではお客様の投資資金だけでなく、自社グループの資本も投下して利害を一致させる、セイムボート投資も積極的に展開しています。
─CAPITAL Xはなぜオルタナティブ投資に特化した商品提供を行っているか、また富裕層向けオルタナティブ投資の預かり資産規模はどのくらいなのか、お聞かせいただけますか。
藤井:預かり資産は約50億円です。私たちのお客様であるオーナー経営者の方々は日本経済の発展を支え、事業を成長させることで築いた資産を有効活用したいと考えています。また事業戦略と同様、資産運用についても中長期的な時間軸でとらえる傾向が強く、これなら流動性リスクも許容できるだろうと考えて、流動性プレミアムを享受できるオルタナティブ投資を提案しております。
オルタナティブ投資における運用会社選定は多角的な視点が肝要
─オルタナティブ資産の運用会社を選定する際に、重要となるポイントについてお聞かせください。栗原:投資対象資産や運用戦略ごとに、グローバルな視点から見て最高レベルの運用会社を選定するようにしています。パフォーマンスへの期待はもちろんですが、伝統的資産と組み合わせたときの分散効果のほか、マーケットリスクをいかに低減できるかといった点も重視しています。ファンドの商品性や運用会社の評価に関しては、マーケティングチームと独立した評価会社による徹底したデューデリジェンスを行い、お客様にとって最善の商品であるかという観点から判断しています。
坂本:オルタナティブ資産は魅力のある投資対象ですが、リスク特性もさまざまです。運用期間が長期にわたるものも多く、運用会社の経営の安定性も非常に重要な要素のひとつであると考えています。その意味では大手の運用会社を好ましく考えている部分があるのは事実です。それとともに、過去の運用実績を長期的に蓄積している運用会社は安心感があります。また、運用状況などに関するわかりやすいレポートの提供や問い合わせへの対応などを考えると、富裕層相手のビジネスとはいえ、やはり日本語による対応が重要であり、その点において、日本に拠点をもつ運用会社はサポートが手厚いと実感しています。
─ヌビーンは、特にオルタナティブ運用の世界で成功を収めてきましたが、その理由はどこにあるのでしょうか。
鈴木:弊社の最大のお客様は、最終的な親会社であるTIAA(米国教職員退職年金/保険組合)となります。ヌビーンが提供している投資戦略にはTIAAの自己資金が入っているため、外部の投資家と原則、同一条件のもとで投資運用を行っています。そういう意味でヌビーンはアセット・マネジャーであるのと同時に、投資家と同じアセット・オーナーでもあります。ヌビーン自体が多くの自己資金を入れ、運用する戦略に自信をもっているからこそ、外部の投資家に対しても戦略提案ができるのです。
─最後に、長期的な目標、ビジョンなどについて教えてください。
栗原:日本の富裕層マーケットにおいて圧倒的なシェアの獲得と、野村ブランドの浸透を目指したいと思います。そのために、お客様固有のニーズに真摯に向き合い、金融資産や自社株、不動産、事業資産、ローンを含めたバランスシート・マネジメント、事業承継・資産承継のプランニング、本業支援、社会貢献、QOL向上などの幅広いテーマについて、オーダーメイドのソリューションを提供してまいります。将来的には、個々のお客様からの信頼の蓄積の結果として形成される富裕層顧客ネットワークを⽣かし、多様なマッチングビジネスへと発展できればと考えております。プライベート市場において富裕層にさまざまな投資機会を提供し、個人の資産形成と企業・社会の発展に寄与する、当社らしいバリューチェーンを創造してまいります。
坂本:弊社の目標は、お客様の顕在的・潜在的ニーズをくみ取り、ライフプランに基づいた適切な商品・サービスを提供することによって、お客様に最善の利益を享受していただくとともに、それが弊社の経営基盤をより強固なものとし、かつ資本市場の発展や経済成長への貢献につなげていくことです。お客様本位の徹底・専門性の追求、テクノロジーの活用・グループ総合力の発揮、コンプライアンスの順守・お客様への誠実な対応を実践することで目標を達成したいと考えております。
藤井:弊社は設立してまだ3年目ですが、お客様との距離が近く、スピード感を重視した経営を行っています。弊社の投資ソリューションを通じて、日本の資産家がもつ数百兆円の資産を、経済や産業界の発展と価値創造につながる資産へと振り向けるお手伝いをさせていただきます。これが、「キャピタル・トランスフォーメーション」という意味を込めた弊社CAPITAL Xの長期的ビジョンです。
鈴木:引き続き先進的な商品開発に取り組み、広範なオルタナティブ投資の商品を⽇本の富裕層に提供することを通じて、短期的な市場の変化に惑わされることなく、中長期的な視点で投資効率の改善に寄与できればと考えております。同時に、再生可能エネルギーインフラや森林に投資する戦略を通じて、社会課題の解決に向けた取り組みにも貢献してまいります。