アスプリーといえば、『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』(邦訳ダイヤモンド社、2015年)の著者だ。その中で紹介された次のエピソードを覚えている人もいるだろう。彼は2004年、チベットの山中をトレッキングしているときにすっかり体力を消耗してしまった。しかし、年配のチベット人女性がヤクバター入り紅茶をふるまってくれたおかげで、すぐに元気を取り戻したという話だ。
アスプリーは帰国すると、工夫を凝らして「ブレットプルーフ・コーヒー」のレシピを独自に考案した(ブレットプルーフは「防弾」のほか、「無敵、完全無欠」という意味をもつ)。
低カビコーヒーと、牧草だけを食べて育った牛のミルクから作られたグラスフェッド・バターかギー(バターオイル)、ココナッツオイルを使って作られたのがそれだ。これを飲めば、IQが上がり、エネルギーがみなぎり、お腹周りの脂肪が燃焼し、さらには性欲もアップするなど、あらゆる効能があるとうたわれていた。
その店はもうない。ブームが過ぎ去り、客足がすっかり遠のいてしまったからだ。筆者は、オープン直後にそのブレットプルーフ・コーヒーを飲んでみたことがある。白状すると、ブラックコーヒー派の筆者は実際に吐き気を催し、まずいとしか思えなかった。たとえIQが上がるとしても、とてもじゃないが飲めた代物ではなかった。
さて、スターバックスは2023年2月、新商品のエキストラバージン・オリーブオイル入りコーヒーシリーズ「Oleato(オリアート)」を発表した。これを発案したのは、かの有名なスターバックスの創業者で最高経営責任者(CEO)のハワード・シュルツだ。しかし、ブレットプルーフ・コーヒーのことを思えば、シュルツは、そのレガシーにこれ以上の傷がつく前に退任したほうがいいのではないかと考える人もいるかもしれない。
シュルツは少し前にイタリアのシチリア島を旅したとき、毎朝コーヒーと一緒にスプーン1杯のオリーブオイルを口にしていたのがきっかけで、この新商品を思いついたというのだ。
「ホットでもアイスでも、コーヒーとオリーブオイルの組み合わせが思いもよらない味を生み出している。ベルベットのように滑らかで、バターのような風味がコーヒーの味わいを高め、後味はぜいたくで豊かだ」