ビジネス

2023.03.20 15:00

八重洲、日本橋、京橋 入山教授が考える「YNKエリア」の街づくり

経営学者の入山章栄は、世界のイノベーションが生まれる街に詳しく、都市づくりの知見も豊富にもつ。 そんな入山がみるYNKのポテンシャルと、可能性を最大化する街づくりの方向性とは。



東京駅周辺の再開発は、大手のデベロッパー数社が非常に力を入れています。今後は地域ごとの表情がより 色濃く出てくるだろうと期待しています。なかでも八重洲、日本橋、そして京橋のYNKエリアの開発は、オフィスビルばかりで構成されていて賃料の高い丸の内とは違う様相を呈する可能性があるという点で、期待しています。

丸の内は大企業がかねてから多く居を構えていることから街が非常に洗練されていて、土地に流れる空気感としてはあまりスタートアップが好まないものです。

ではスタートアップがどのような場所に拠点をおきたがるのかというと、私の見立てでは、下町で、もっとぐちゃぐちゃしている場所。混沌としたカオティックな場所にスタートアップは集まる傾向があると思います。実際に私が顧問を務めているスタートアップが拠点をおいたのも、日本橋でした。YNKを少し離れた八丁堀などのウォーターフロントまでみていくと、そこにはNYでいうところのブルックリンのような自由な空気感がある、とイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれません。

大企業が入居できる大規模できれいな施設ももちろん重要です。その一方で、イノベーションが生まれる場所という観点からは、企業の規模としてはまだ小さいスタートアップにふさわしい場所として、東京駅至近にもかかわらず、未だ賃料の安い多くの中小ビルや雑居ビルもあるYNKエリアに可能性を感じます。地域の特性として強みに変えていってほしいところです。

特徴にフォーカスし、尖らせる


再開発の手法として、大手デベロッパー含め一般的なのは、ビルをつくり、スタートアップの拠点をつくり、そこに飲食を絡めるというやり方です。大企業があり、イノベーションが起き、ビジネスも発展しながら、そこで働く人たちによい環境を提供する。その筋道は間違っていないと考えますが、できることならば、もっと街の特徴にフォーカスして尖らせてもいいのではないかなと感じています。そんな特徴をもつの がYNKエリアです。

もともとYNKエリアは江戸城の城下町として機能しており、江戸の町人の半数が暮らしていたといいます。そこに受け継がれる「下町」としての文化に注目すべきということです。

いまでもYNKエリアには大衆向けの飲み屋があり、画廊のようなアートスペースもいっぱいある。創業から 100年を越す歴史をもつ老舗の飲食店も数多く軒を連ねていますよね。偶然の出会いで人と人がつながる場所を数多くもつことはYNKエリアのひとつの特徴です。そんな場所があることはビジネスにおける新しいつながりや新たな気づきを求めるスタートアップが好む要素だと思います。

再開発において、街に根づくカルチャーを強調することはひとつの重要な視点です。特にYNKエリアは、昔からの文化を受け継ぎながら未来に向けて発展していく可能性が非常に高い。日本全国を見渡してみても、日本の首都であり江戸時代からの歴史の積み重ねをもつエリアというのは、YNKのほかにはないわけですから。

街をつくる文化という点で、お祭りも地域の伝統や下町の人々の気質が色濃く表れる要素です。街の行事として、土地の文化を残し受け継がれているもの。そんな祭りを通じてデベロッパーも地域の仲間となり、街の個性をしっかりと理解していくことは街づくりの面でもプラスになるでしょう。



ヒントは歴史のなかにある


街づくりにあたっては、街の人から土地の文化を学びながら、江戸時代を徹底的に深掘りし、歴史に学ぶということも重要です。そこから街の特徴を知り、今後の街づくりの視座が見つかるのではないでしょうか。 アメリカで暮らしていたころ、僕はいくつもの都市を訪れました。どの都市にも必ずマクドナルドがあり、スターバックスがあり、そしてダンキンドーナツがある。都市のつくりが画一的なので、たまに、自分がどの街にいるのかわからなくなってしまうほどでした。日本各地の都市にも似たような画一化の傾向があります。しかし本当は日本の一つひとつの街にはしっかりとした文化があり、多様性があるはずです。多様性を自ら見つける方法のひとつが、歴史に注目することです。

話をYNKに戻せば、江戸時代の町人の暮らしということを深く学ぶところにイノベーションのヒントを見出すやり方がよいと思います。

イノベーション研究における重要なキーワードとして「両利きの経営」という言葉があります。それはイノベーションにより自社の既存事業を強化しながら、かつ新規事業のための探索も行う、両方をしっかりやりましょう、というものです。

探索というのは自社のビジネスの範囲を超えた部分まで学びの視線を向けていくことですが、それは海外の 事例や他業種のことにまで目を向けるというだけでなく、歴史の探索ということもそのひとつです。400年の歴史がある江戸時代から受け継がれている文化というものは、まさに探索するのに十分な深さがありますし、そこには開発のためのヒントや、ビジネスにイノベーションを起こすためのヒントといったものが必ずあるはずです。

イノベーションが起きる街には、国内、海外から多くの人が集まるという特徴もありますが、その点でも江戸には日本全国から参勤交代などで各地の人々が集まっていたという歴史があります。YNKは柔軟に異邦人を受け入れるというストーリーを描きやすい歴史背景がある、ということができるでしょう。

外から来る人、という観点では、外国人にウケのいい下町らしい面白みのあるレジデンスがあってもいいかもしれません。海外から日本を訪れるビジネスパーソンが喜びそうな、木造で江戸時代の長屋のようだけれど、中は洗練されているというものがあると、彼らのYNKへの印象は強く残るでしょう。インターナショナルスクールをつくる計画もあるそうですが、外国人が暮らしやすくなる環境づくりもどんどん進めていかれるとよいのではと思います。

再開発においてハード面が整う一方で、YNKエリアであれば土地の歴史に基づいたソフトウェアはいくらでも見つかるはずです。同時に、イノベーションへのヒントも数多く見つかるのではないでしょうか。


入山章栄(いりやま・あきえ)◎早稲田大学大学院経営管理研究科早稲田大学ビジネススクール教授。国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。メディアでも活発な情報発信を行っている。著書は『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)ほか

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