味噌汁と同じぐらいの0.8から1パーセント程度の濃度の食塩水は「おいしい」と感じられ、さらにその10〜20分の1に薄められると「甘い」と感じる現象。これは60年も前の心理学研究論文で報告されていましたが、その理由はわかっていませんでした。岡山大学大学院、山下敦子教授らによる研究グループは、その正体を突き止めたのです。それは、塩の構成成分で塩化ナトリウム「じゃない方」の塩化物イオンでした。
人の味覚は、甘味、うま味、塩味、苦味、酸味の5つの基本の味の元となる物質「味物質」を感知するセンサー「味覚受容体」があり、そこに味物質が結合することで味を感じる仕組みになっています。研究グループは、メダカの味覚受容体を調べていたとき、うま味の物資であるアミノ酸が結合するポケットの近くに、何か別のものが結合しているポケットを発見しました。詳しく解析したところ、そのポケットに入っていたのが塩化物イオンでした。
この塩化物イオン結合ポケットはメダカだけでなく人にもあり、甘味とうま味の受容体に共通して存在していることもわかりました。だから、塩化物イオンが甘味とうま味を感じさせていたのです。
塩化物イオンで甘味やうま味を感じるときの塩分濃度は塩味を感じるときの数分の1程度であり、それは60年前に報告されたものと一致しました。ただ、塩化物イオンによる甘味やうま味は非常に弱く、塩化ナトリウムの塩味が感じられる濃度になると塩味に負けてしまいます。
食塩は、私たちの身体に不可欠な成分ですが、取り過ぎると害になります。味覚は、「おいしい」と感じることでちょうどいい濃度を私たちに教えてくれる「門番」なのだと研究グループは話しています。実際、マウスを使った実験では、何も入っていない水よりも塩化物イオンを薄く溶かした水のほうをマウスは好んで飲みました。マウスはそちらを「好ましい味」と認識したわけです。ただし、困ったことに私たちには、どんどん濃い味を求めてしまう癖があります。あくまでも素材本来のおいしさがわかる適度な味付けに留めておくことで、「門番」が正しく働いてくれるのです。
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