かつてインタビューした際に知りたかったのは、政治家や官僚、凶悪犯や新聞記者から漁師まで、あらゆる役柄を、なぜ驚くほどリアルに演じられるのかということでした。
そのときの佐藤さんの言葉から感じたのは、世の中を極めて冷静に見つめていることでした。
「人間というものがきちんと出ている役は面白いですね。人が生きていくのって、大変じゃないですか。それこそ、誰もが本音で生きたら社会は崩壊してしまう。だから、人はいろいろなところで耐え、苦しみ、もがいているわけですよね。
上っ面なんかじゃ、とても生きてはいけない。僕はそういう苦しさや弱さに興味があるし、そこをしっかり見つめないといけないと思っているんです。“人間のようなもの”じゃない。人間を演じたいんです」
父親である三國連太郎との確執
佐藤さんは役をもらうと、台本の表面に出ている部分だけではなく、その演じる人物の内面をもえぐろうとするのだそうです。表面をカモフラージュしようとしている裏の心まで踏み込んで考えるというのです。「見ている10人中、8人は気づかなくていいと思っています。2人が気づいてくれればいい。そのくらいの表現ができれば、といつも考えています。10人が気づいたら裏の顔にならないし、10人とも気づかなかったら表現にならないですから、難しいですけどね。でも、気づいてくれる人は、気づいてくれる。そういうときは、本当にうれしい」
早くから、人の持つ「心の闇」を演じられる数少ない俳優と評されてきました。男の色気と危うさが漂う独特の雰囲気。それは、佐藤さんの人生が培ってきたものでした。
父親は、名優と呼ばれた三國連太郎。しかし、幼い頃、両親は離婚してしまいます。以来、母のもとで育てられ、自らは中学で家を出て、アパート暮らしを始めました。
母と自分を捨てた父親への不信は長く尾を引き、確執や反抗を公の場で口にしたこともありました。
1980年、19歳で俳優としてデビュー。翌年、映画「青春の門」でいきなりブルーリボン賞新人賞を獲得した頃は、まわりが声をかけるのを躊躇するほどの尖った青年だったそうです。
後に、父親とは共演も果たし、良好な関係を築きます。しかし、それまでの佐藤さんを動かしていたのは、恨み辛みといった、負のエネルギーでした。