著者であるピョートル・ワイリとアレクサンドル・ゲニスはいずれもロシアから亡命した者である(誤解のないよう言い添えておくが、彼らが亡命したのは20世紀後半、まだソ連が存在していた頃のことだ)。しかし残念ながら、彼らには亡命先であるアメリカの食文化が口に合わなかったようだ。本書はそんな二人がニューヨークから、遠くロシアに想いを馳せつつ、故郷の料理とその調理法を記した一冊である。
紹介文には「実践レシピ付料理エッセイ」とある。本書に収録されているレシピはどれも簡潔で、写真すら添付されていないものも多いが、調理に迷うことはないはずだ。レシピはあくまでも家庭料理のものであり、手間のかかる料理が掲載されているわけではないためであろう。
以前SNSで話題になった『帰れ、鶏肉へ!』も本書に収録されている料理だ。このレシピも材料含め、わずか六行で説明されている。しかも、そのうち半分は以下のようなユーモアである。
掃除なり、愛なり、独学なりに精を出せばいい。台所にいなくたってすべてはうまくいくのだから。一時間半程たてば、汁の滴る素晴らしい料理ができあがる。それにはどんな付け合わせでも結構。
他にも『なまけ者のためのペリメニ(ロシア風餃子)』と名付けられた、とても魅惑的な料理もある。注意しなければならないのは、一部に日本では手に入りづらい食材が用いられている点だろう。あくまでもロシアの料理を再現しようとしている以上、やむを得ないことである。
とは言え、レシピ本としての役割は本書の一側面に過ぎない。本書をずば抜けた名著に仕上げているのは明らかにエッセイ部分である。ユーモアとアイロニー、そして知性をたっぷりと織り交ぜた文章は、レシピを無視してなお十分に味わうことができる逸品だ。
言うまでもなく著者の、ロシア料理、そして料理そのものに対する愛は非常に強い。その愛も、著者の筆にかかれば以下のような表現であらわれる。
いい料理とは、不定形の自然力に対する体系の闘いである。おたま(必ず木製のでなければならない!)を持って鍋の前に立つとき、自分が世界の無秩序と闘う兵士の一人だという考えに熱くなれ。料理はある意味では最前線なのだ……。