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2023.03.10 18:00

映画に魅了された男|島谷能成×小山薫堂スペシャル対談(前編)

売り手の確信と気迫

小山:印象に残っている「宣伝の力によって大ヒットした東宝映画」は何ですか?

島谷:『八甲田山』。50年前のことで恐縮ですが、当時は誰も当たるとは思っていなかった。雪山を兵隊が歩くだけの映画ですからね。

小山:高倉健というスターはいるけれども。

島谷:うん、高倉隊と北大路(欣也)隊の友情と悲劇はあるけれども。

小山:八甲田山で二冬も撮影を敢行し、バケツリレーで回ってきたカレーも最後は凍っていたとか。史上最高に過酷なロケだったと聞いています。

島谷:Bカメが雪崩に遭って死にかけたとか、エキストラもあまりの過酷さに数日で半分になったとかね。そうそう、『八甲田山』という横組のタイトルを右から読んで、「あのヤマダコウハチはさ……」と大真面目で話した人もいるんだよ(笑)。でも、宣伝部の大先輩Sさんが作品の本質に迫る、一点集中の宣伝を徹底したんです。ポスターも、雪山を行進する隊を撮影した本編フィルムをブローアップ(引き伸ばす)して使用した。主役の顔は吹雪でわからないけれど、非常に臨場感がありました。

小山:キャッチコピーも秀逸ですよね。

島谷:「天は我々を見放した」ですね。TVスポットも大量に打ったんです。初めての試みだったと思う。当時邦画史上最高額の宣伝費の半分がCMに使われてね。しかもワンカット。雪の中で北大路隊が全滅し、北大路欣也が絶望して「天は我々を見放した!」と咆哮する。他に何の説明も解説もない。そのワンシーンだけだった。

小山:もう、絶対に観たくなりますね。

島谷:あと、もうひとつカッコよかったのが新聞広告ですね。当時、映画の初日は土曜日だったから、金曜夕刊の終面にラテ欄があって、注目率が高く、その直下の広告スペースが人気だった。だいたい映画会社3社が3分の1ずつ分け合う縦長の広告なんですが、Sさんはその真ん中を押さえて、なんと黒地に白抜きで『八甲田山 明日』ってそれだけ。自信あったんだろうね。宣伝のテクニックがどうとかではなく、売り手の確信というか、気迫というか。

小山:魂というか。

島谷:そうですね。あれは本当に勉強になりました。(次号に続く)



今月の一皿

料理人ゴロー特製「だし巻き卵」。コクのある平飼い卵とたっぷりの出汁が決め手で、卵を愛する島谷氏も感激の味に。

Blank
都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。


小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。

島谷能成◎1952年、奈良県生まれ。東宝代表取締役会長。京都大学卒業後、東宝に入社。2011年、社長に就任。宣伝部時代に担当した主な作品は『復活の日』『連合艦隊』『ひめゆりの塔』、映画調整部時代に『夜叉』『四十七人の刺客』『模倣犯』がある。

写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN 特集◎私を覚醒させる言葉」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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