「進歩史観」の過信

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いま、「歴史」というものを見つめるとき、懐かしい言葉が、一つの疑問とともに、心に浮かぶ。

それは、「進歩史観」という言葉。

端的に言えば、「歴史は、必ず『人類の進歩』に向かって進んでいる」という歴史観である。

例えば、

1. 世界は、奴隷制、貴族制、独裁制などの様々な形態を経ながらも、必ず、民主制、すなわち、民主主義に向かっていく、

2. 世界は、貧富の差はありながらも、全体は豊かになっていく。そして、いずれ、貧富の差も縮小していく、

3. 世界は、これまで、様々な紛争や戦争を経験してきたが、いずれ、国際秩序を確立し、恒久平和を実現していく、

4. 世界は、人流、物流、金流、情報流のグローバリゼーションが進み、いずれ、一つの巨大な経済圏になっていく、

5. 人類の科学技術は、これからも発展を続け、その恩恵によって、必ず、人類全体に繁栄と幸福をもたらしていく、

といった考えが「進歩史観」と呼ばれるものであり、これまで多くの歴史家の背後にあった思想であるが、いま、多くの人々は、この歴史観に疑問を抱いているだろう。

実際、世界の現実は、

1. ソ連や東欧の専制主義国家の崩壊によって、世界は民主主義の方向に向かうと思われたが、実際には、現在、民主主義体制の下にある国よりも専制主義体制の下にある国が増えている、

2. 資本主義の発展によって、世界全体は豊かになり、貧富の差は縮まっていくと思われたが、現実には、世界全体での貧富の差は、人類史上、最大になっており、また、各国内での経済格差も、ますます広がっている、

3. 冷戦終結によって、もはや大規模な戦争は起こらないと思われたが、実際には、世界各地での紛争や戦争は増加し、遂には、ロシアによるウクライナ侵攻が起こり、人類全体は、ふたたび核戦争の危機に直面している、

4. コロナ危機により、世界規模での人流と物流の停止を経験し、また、ウクライナ危機により、エネルギーと食糧の争奪戦が激化し、世界は、相互依存のグローバル経済(世界一体経済)ではなく、他国に依存しない一国自立経済の模索に向かっている、

5. 科学技術の発展は、人類全体に恩恵を与え、人々の幸福感を高めていくと思われたが、現実には、科学技術の発達と物質的繁栄だけでは幸福感を得られず、多くの人々が、宗教倫理に回帰する傾向が生まれている。

すなわち、いま、世界の現実は、「進歩史観」から見れば、様々な「逆行」が生じているのである。
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文=田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN 特集◎スモール・ジャイアンツ/日本発ディープテック50社」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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