「エブエブ」は、目下のところ第95回アカデミー賞(現地時間3月12日に開催)では「最有力で大本命」と喧伝されている。それは、この作品が最高賞の作品賞を含む10部門で最多の11ノミネートを獲得していることにも起因している。
本作のアメリカでの公開は、2022年3月。アカデミー賞をめざす作品としては少々早すぎるスタートだった。当初、陣営はこの作品が大きな反響を得て、ノミネートにまで至るとは思っていなかったのかもしれない。
まずテキサス州オースティンで開催されているサウス・バイ・サウス・ウェスト映画祭で上映され、その後、ニューヨークやロサンゼルスなどで限定公開。3日間の興行収入で約50万ドル、1館平均で5万ドルという好成績をあげ、独立系スタジオの作品ながら、全米2200館での拡大公開へと繋がった。
「エブエブ」の公開がここまで広がったのは、この作品がいままでに観たことのないような映像と内容に溢れていたことに尽きる。それに驚き、予想を超え多くの観客を巻き込んだのだろう。
監督のダニエルズの言葉を借りると、「エブエブ」は次のような作品ということになる。
・バカバカしい闘いを繰り広げるSFアクション映画
・21世紀の移民の物語を通して家族愛を描く
・多くの別宇宙に往還して、哲学的な思想を探究することになるマルチバースムービー
実際、「エブエブ」に対するこの説明はかなり的を射ている。ひと言では言い表せないさまざまな要素が重層的に描かれた作品なのだ。ダニエルズ監督は「インターネット時代に生きているわれわれの感情を表現してみた」とも語っている。
まずアクションシーンを楽しむ
コインランドリーを経営するエヴリン(ミシェル・ヨー)は、国税庁に提出するための領収書の整理に追われていた。しかも夜には父親の誕生日と春節を祝うパーティが控えており、そちらも準備もしなければならない。とにかく忙しいのだが、優柔不断な夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)は頼りにならない。中国からアメリカへ移住してきたエヴリンは、日常会話はこなせるが、税金の専門用語となると心もとなく、アメリカで大学にも通っていた娘のジョイ(ステファニー・スー)に通訳を頼む。ジョイは「恋人」の女性ベッキーを連れてやってくる。
実はエヴリンは2人の関係をあまり歓迎しておらず、中国からやってきたばかりの彼女の父親には「いい友だち」と紹介する。そのことから、ジョイは腹を立ててベッキーと出ていってしまう。仕方なくエヴリンは通訳なしで、夫と父親の3人で国税庁に向かう。
そこでエヴリンは監査官のディアドラ(ジェイミー・リー・カーティス)から執拗に領収書の不備を責められる。すると突然、意識が遮断され、同じフロアにある用具室にワープする。そこには夫に乗り移った、別の宇宙で異なる人生を歩んでいるというウェイモンドがいて、エヴリンに驚愕の依頼を持ちかける。
全宇宙を混乱に陥れようとしている悪の権化ジョブ・トゥパキを倒せるのはエヴリンだけで、彼女に戦ってほしいというのだ。いつもと違う変わった行動をすると別の宇宙にいる自分にリンクして強大な力を得られるという「バースジャンプ」を伝授されたエヴリンは、異なる自分のいる多元宇宙(マルチバース)とを往還しながら、難敵と闘うことになるのだが……。