この米国の政策の背景には重要な要素が複数ある。まず、インドは米国と渡り合える民主主義国であり、米国が21世紀以降の主要競合相手である中国に対抗する上で必要な存在だ。したがって、ロシアとの協力を強化しようが、インドが米国の同盟国であることのほうが重要となる。第2に、アジア市場はロシアにとって欧州市場の代わりにはならない。エネルギー収入の減少にともなう2022年の記録的な赤字がその証拠である。最後に、最も重要なのが、ロシアの「アジアへの軸足移行」は弱い立場から行われている点だ。つまり、アジア諸国との新たな取引の多くはロシアの利益にならない。
インドは2022年12月、日量120万バレルのロシア産石油を輸入した。これは、ロシアがウクライナに侵攻する以前の水準の33倍に相当するが、インドの石油輸入支出は全体で2倍しか増えておらず、その大半はロシア産ではない。欧米がロシアのエネルギー輸出に制裁を課し、1バレル=60ドル(約8000円)の上限価格を設定したことを受け、インドの製油業者はロシア産原油を値引き購入するようになった。インド政府は燃料価格の値上げを中止し、モディ大統領の支持基盤を固めた。
ロシアの弱みを突いて安価な原油の調達に成功したインドを見て、隣国パキスタンも3月下旬からロシア産原油を購入する予定だ。壊滅的な洪水被害とエネルギー危機に見舞われ、財政難と輸入コストの高騰に直面するパキスタンには、十分な動機がある。インドの例に倣い、ロシアが欧米の制裁で弱っている間に原油を安く買い上げる道を選んだ。
ロシアは今、自ら堀った落とし穴に嵌っている。アジア市場ならすぐに需給の緩みを吸収できると考えていたが、相手は商魂たくましい。制裁の影響を緩和するため、原油の輸出先を中国、インド、トルコに振り向け、3つの異なる海(バルト海、黒海、太平洋)に面した港を介して制裁対象となっていない大規模な石油輸送インフラと市場を活用しているが、これらの新しい取引では、欧州市場の消滅で発生した損失の埋め合わせはできない。ロシアのウラル原油は1バレル=49.50ドル(約6700円)と1年前のほぼ半値で取引されており、2023年1月の石油・ガス輸出収入は前年同月比46%減となった。