ロンドンがブームの先駆けとなるのは、これが初ではない。商業ベースのアブサン蒸留所が世界で初めて開業する1世紀も前に、ロンドン市民はすでに街の薬屋がつくった初期のアブサンを楽しんでいた。
時代が下り、幻覚を見るという噂が広まると、オスカー・ワイルド、パブロ・ピカソ、アーネスト・ヘミングウェイといった芸術家たちが愛飲するようになった。ちなみに、幻覚を引き起こした要因は、アブサンの成分そのものよりもアルコール含有量が関係している。
芸術家たちがアブサンを楽しんだバーは、今も訪れることができる。オスカー・ワイルドが愛したホテル・カフェ・ロイヤルの「グリーン・バー」は、こぢんまりとした居心地のよいカクテルバーで、店内は緑色で統一され、まるでアブサンの世界に入り込んだかのような気分を味わえる。
このバーのカクテルはすべて、1937年に編纂された店オリジナルの『カフェ・ロイヤル・カクテルブック』を元につくられている。中でも、アブサン、ストレガ・ガリアーノ、マンダリンナポレオン、リンゴ、ニワトコ、抹茶、卵白を使った「ベルベット・エッセンス」は、ロンドンで最高のアブサン・カクテルではないだろうか。
ただ、今回のアブサン・ブームはバーにとどまらない。2021年、東ロンドンのハックニーにあるダーク・ゴシックをモチーフにしたバー「The Last Tuesday Society(最後の火曜日協会)」の共同経営者たちは、アブサン愛好家の熱狂的な支持を受け、ロンドン初のアブサン蒸留所「Devil’s Botany(悪魔の植物学)」を立ち上げた。
経営は好調だ。伝統的なアブサンはもちろん、アブサンの三大要素であるニガヨモギ、グリーンアニス、スイートフェンネルに加えてナツメグ、シナモン、カルダモンなどかつて高級なものの象徴として珍重されていたスパイスを使ったアルコール度数63%のアブサン「レガリス」も製造している。ジンのような温かみのあるボタニカルな風味が特徴だという。
このアブサン・ブームが、過去10年間に同じくハーブ系の蒸留酒で「いとこ」ともいえるジンに起きた一大ルネッサンスの再現となる可能性は低いだろう。だが、変化は顕著だ。ロンドンのより冒険的な酒飲みたちが注目し続ければ、アブサンは「ジン2.0」への道を歩むかもしれない。
(forbes.com 原文)