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2023.02.28

競合は撤退。どん底事業で世界を救った「不屈」の磁気シールドが誕生するまで | オータマ

オータマ代表取締役・奥村哲也

こうしてもう一度未来を探す決意をした奥村は、磁気シールドの価格を従来の10分の1にすることを目指して、国の産学連携の制度を活用し3年間の研究活動に取り組んだ。

結果は思うようにいかなかったものの、オータマが日本で唯一磁気シールドの研究をしているといううわさは業界内に知れわたり、多くの大手企業から協力の申し出が相次ぎ、かつてのライバル企業から磁気シールドの優秀な技術者たちがオータマへ続々と集まってきた。「自分たちに未来はない」。そう思い込んでいた奥村たちの頭上に、わずかな光が差し込み始めた瞬間だった。

それから10年。オータマは売り上げを3倍に伸ばし、磁気シールドの国内シェアは77%。世界でも圧倒的な存在感を示している。

成功を裏付けたのはグローバルニッチ戦略だ。量産品には手を出さず、半導体、素粒子加速器などの化学分野、医療機器・電子顕微鏡などの分野に特化する戦略が功を奏した。

特に半導体デバイスの製造過程におけるマスク描画装置の大多数にオータマの磁気シールドが使われ、現在はほぼ独占に近いシェアを獲得する。

「実はオータマの商品の9割は、製造数が3個以下なんです。日本の標準時間を司る原子時計に使われるシールドや、造幣局で使用される硬貨の原版を掘るための装置のシールドなど、数十年に一度しか需要が発生しないニッチな商品も多いので」

奥村はカスタム少量生産に対応するシステムを自社で構築し、製造過程を効率化して圧倒的な価格競争力を手に入れた。

これに加えて、世界トップクラスのシミュレーション技術も選ばれる理由だ。磁気シールドは単に磁気を遮断しているわけではなく、磁気が通りやすい素材を使用することで磁気を迂回させる仕組みをもつ。単純にものを囲めばよいというものではなく、精緻な構造設計が必要なため、シミュレーションの精度は極めて重要な意味をもつ。

「実際のデータと理論値が高精度で合致するのは、社員が10年間以上真面目に実測値をデータ入力し、補正値を出し続けてきたことの賜物であり、他社が同じことをやろうとすれば最低でも10年はかかるでしょう。社員は『自分たちがやらなければ世の中は救われない』と考えている。当社のハイレベルな技術は、社員が理念のために動いてきたからこそ実現したんです」
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文=一本麻衣 写真=小田駿一(ポートレート)

この記事は 「Forbes JAPAN 特集◎スモール・ジャイアンツ/日本発ディープテック50社」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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