2月15日、ニコルズは州下院保健福祉委員会を通じてHB 154を提出した。そのことを報告したニコルズのツイートに、ケース・ウェスタン・リザーブ大学医学部アシスタント・プロフェッサーのライアン・マリノ医学博士(救急医学・精神医学)は、こう返信した。「もっと本を読むべきだ」
どうやらニコルズは、すべてのmRNAワクチン投与を禁止したいようだ。短い法案の文面には、「アイダホ州ではメッセンジャーリボ核酸技術を用いて開発されたワクチンを、個人または他の哺乳類に使用するため提供したり投与したりしてはならない」と簡潔に記されている。つまり、人間だけでなくオオツノヒツジなどの動物への投与も対象となるわけだ。次の項目では、「本条に違反した者は軽犯罪に問われる」と明記されている。
もちろん、現在のところ新型コロナのmRNAワクチンを接種しているはヒツジではなく、主に人間だ。ニコルズとボイルは、米国が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)をよりよく制御する方法を見つけなければならない時に、このような法案を提出した。では、アイダホ州は新型コロナ感染を抑制できているのかといえば、そんなことはない。ニューヨーク・タイムズによると、パンデミック開始からこれまでに同州で報告された感染者は計51万7654人で、死者は5402人に上っている。新型コロナの感染状況は1年前と比べて改善されており、2023年中に季節性ウイルスの流行と同様の状況に移行する可能性はあるが、パンデミックが終息したわけでは決してない。
一方、アイダホ州の新型コロナワクチン接種率は、全米の州・準州で6番目に低い。ニューヨーク・タイムズのデータによれば、ワクチンの2回接種を完了した人は州人口の56%にすぎず、内訳は5~11歳が19%、12~17歳が41%、18~64歳が61%、65歳以上が89%となっている。追加接種率はもっとずっと低い。
このような法案がもしも可決されれば、善意の医療従事者が、米食品医薬品局(FDA)の認可したワクチンを投与しただけで刑事罰を受ける恐れがある。新型コロナワクチン接種はリスクゼロではないが、利点がリスクをはるかに上回るというエビデンスが示されており、米疾病対策センター(CDC)や世界保健機関(WHO)、医学誌『ニューイングランド医学ジャーナル』も、接種を推奨する科学的研究結果を提供している。
では、なぜニコルズは、よりによって今この法案を提出したのだろうか。アイダホ州の地方放送局KTVBのアレクサンドラ・ドゥガン記者によると、ニコルズは州下院保健福祉委員会で「(ワクチンが)早期開発されたことを問題視している」「血栓や心臓の問題を懸念する情報がたくさん出てきていると思う 」と語ったという。ファイザーやモデルナをめぐり連邦レベルで起きた問題をニコルズが懸念しているのなら、無実の医療従事者を罰するのではなく、企業に直接訴えてはどうか。あるいは、追加のワクチン試験を求めているのであれば、研究資金を増やすよう働きかければよい。法案提出の目的が政治的なものでなければの話だが。
ニコルズは、「mRNAを含まない予防注射も利用できる」とも述べている。たとえば、ノババックスの新型コロナワクチンはSARS-CoV-2の組換えスパイクタンパク質を用いており、mRNAによって細胞内でスパイクタンパク質を作らせるものではない。本気で代替ワクチン利用を促進したければ、ノババックスのワクチン供給や入手状況を改善するほうが戦略としてましだろう。
州法HB154が新型コロナを名指ししていないのは、ニコルズとボイルが今後作られるmRNAワクチンも標的にしようとしているからとみられる。研究者やバイオテクノロジー企業、製薬会社では、インフルエンザなど他の感染症だけでなく、癌を予防するmRNAワクチンの研究も行っている。こうしたmRNAワクチンの有効性が証明されても、州法HB 154が可決・成立した場合、アイダホ州の住民は利用できないかもしれない。
アイダホ州のモットーは「Esto Perpetua(永遠なれ)」だ。パンデミックへの備えと対応を永遠の問題にしたくなければ、州議員たちは何ら解決をもたらさない法案を提出するよりも、感染性病原体を検出し制御する新しい方法を確立することに集中したほうがよいだろう。
(forbes.com 原文)