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2023.03.16

ヘラルボニー松田崇弥の偏愛漫画『ピンポン』|社長の偏愛漫画 #9

松田崇弥(ヘラルボニー代表取締役社長CEO)

松田:知的障害のイメージを変えたくて、2018年にヘラルボニーを起業しました。「異彩を、放て。」というミッションを掲げ、全国で創作に取り組む知的障害のある作家とアートのライセンス契約を結び、まだ知られていない才能を世に送り出すビジネスを展開しています。

栗俣
:ヘラルボニーの事業と、ペコという人物には、実はリンクしている部分があると感じています。先ほど、ペコは本能のままに生きているという話がありました。そういう存在だからこそいろいろな人に愛され、彼らにも影響を与えています。これは、ヘラルボニーがやっているビジネスに近いのではないでしょうか。

松田:実は、ヘラルボニーを立ち上げた原点にあるのが、小学生のときに出合った『ピンポン』なんです。

『ピンポン』松本大洋 ビッグコミックス(全5巻)1996〜97年に「ビッグコミックスピリッツ」で連載。湘南にある片瀬高校卓球部で卓球に熱中する星野裕(通称「ペコ」)や月本誠(通称「スマイル」)の奮闘を描く。 劇映画やテレビアニメにもなり、発表から25年たついまも熱狂的な支持を集める。

『ピンポン』松本大洋 ビッグコミックス(全5巻)
1996〜97年に「ビッグコミックスピリッツ」で連載。湘南にある片瀬高校卓球部で卓球に熱中する星野裕(通称「ペコ」)や月本誠(通称「スマイル」)の奮闘を描く。 劇映画やテレビアニメにもなり、発表から25年たついまも熱狂的な支持を集める。


松田:「俺が勝ったらちゃんと“さん”くれろ。“ペコさん”。そう呼べ」とか「アイ・キャン・フライ」とか、おかしな口調のペコは、現代だと、普通じゃない変なやつと思われるかもしれない。でも彼には、熱量を伝播させる力があります。

昨今の企業は必死になって「ミッション、バリューを伝播させよう」と唱えますが、ペコは「好きで好きで仕方がない」を察知させる。「意図がない」なかで影響を与えているのが素敵な点です。

栗俣:「できないことをさせられる」のではなく、好きなことをとことん好きでいる。そうやって主人公たちの才能を開花させていくところは、ヘラルボニーのミッションと重なりますね。

松田:そこはすごく感じています。

知的障害がある作家のなかには、自分のことをアーティストだと思っている人はほとんどいません。余計な自負もプライドもないおかげで、彼らはあらゆる束縛から解放され、ひたすら自由です。ボールペンで一心不乱に黒丸を塗っていたかと思うと、その作品をひっくり返して裏面にも黒丸を塗り続ける。額装すれば裏面は見えないのに、誰かに見せるとか見せないとかいった概念を、はなから飛び越えているのです。

私がアーティストであれば「この作品がどう美術的文脈に乗っかり、歴史的フックに引っかかるか?」「1点50万円で売れたらいいな」といった邪念が頭に浮かんでしまうけれど、彼らはマーケティングや資本主義の論理なんて関係なく、思うがままに創作活動に打ち込みます。その「意図がない」ところに、人は魅力を感じるのだと思います。
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インタビュー=栗俣力也 文=荒井香織

この記事は 「Forbes JAPAN No.102 2023年2月号(2022/12/23発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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