パク・チャヌク監督の最新作「別れる決心」も、二度目の観賞のほうがとても興味深く作品のなかに引き込まれる。
謹厳実直で優秀な警察官が、夫殺しの疑いをかけられた美しい妻を取り調べていくうちに、好意を抱いていくというストーリーだが、犯人探しのミステリの体裁をとりながら、最後は激烈なラブロマンスへと昇華していく。
一度目の観賞では見逃していたディテールが、再観賞では次々と脳裏に焼き付けられていき、新たなサスペンスと驚きを感知する。聞き流していた登場人物たちのセリフ、さりげなく張られていた細かな伏線、舞台設定に凝らされていた綿密な色彩など、それらが鮮やかに重なり合って1つの物語へと収斂していく。まさに得難い体験だ。
警察官と容疑者の愛の迷路
パク・チャヌク監督は、アカデミー賞作品賞を受賞した「パラサイト 半地下の家族」(2019年)のポン・ジュノ監督と並び称される、韓国を代表する映画監督だ。2000年に「JSA」で韓国の歴代国内興行成績を更新すると、日本のコミックを原作とした「オールド・ボーイ」(2003年)で、カンヌ国際映画祭のグランプリを受賞する。2013年には「イノセント・ガーデン」でハリウッドにも進出。また同年、ポン・ジュノ監督初の英語作品「スノー・ピアサー」で製作も務めた。前作の「お嬢さん」(2016年)までは、ショッキングな描写と意想外の展開で観客を魅了してきたが、今回の「別れる予感」では一転、次第に観る者の心に染み渡っていく落ち着いた作品に仕上げている。
主人公のチャン・へジュン(パク・ヘイル)は、職務に忠実で、史上最年少で警部に昇格した優秀な警察官。不眠症のため深夜の張り込みも厭わず、原発の監督官として離れた町で暮らす妻のもとには、週末だけ帰るという生活を送っていた。
ある日、岩山の崖から男が転落するという事故が起きる。男は出入国・外国人庁の元職員で、年の離れた若い妻ソン・ソレ(タン・ウェイ)と暮らしていた。中国出身のソレは韓国語にはやや自信がなく、警察署でも会話のなかで不可解な笑みを漏らす。夫の死に際して、いささかも動揺を見せることのないソレに対し、ヘジュンたちは疑惑を抱いていく。
しかし、介護の仕事をしているソレにはアリバイがあった。それでもヘジュンは彼女の身辺を調べていく。警察署での事情聴取で、ソレは夫から暴力を受けていたことをヘジュンに明かす。これを境に、ヘジュンの心はソレに傾いていく。
本作品を二度目につぶさに観ていると再認識するのだが、そのあたりの細やかな描写が実に心憎い。
例えば、へジュンは聴取が一段落すると、ソレのために高級寿司の出前を取る。これには伏線があり、週末の自分の妻との夕食では「お寿司がいいのに」という彼女の発言に対して、ほとんどへジュンは無視を決め込んでいたのだ。この妻のセリフは、あらためてヘジュンのソレへの傾斜の度合いを強める言葉として響いてくる。
高級寿司の食事が終わると、ヘジュンは片付けを始めるが、ソレもかいがいしく手伝おうとする。へジュンがテーブルを拭いていた布巾を、そのままソレが受け継ぐ場面は、ふたりの心が初めて触れ合うシーンとして強く印象に残る。さらに、食後にヘジュンがソレのために歯ブラシを差し出す場面も、妙に意味深に映る。
このように、作品ではヘジュンが殺人の容疑者でもあるソレに惹かれていく様子がことのほか丁寧に描かれていく。
もちろんそれも見どころではあるのだが、やはりその先にもサスペンスフルな展開が用意されている。いったんソレの夫は自殺と断定されるのだが、ふたりがソレとの関係を深めていく過程で、へジュンは彼女のアリバイを覆す事実に突き当たるのだ。
真相にたどり着いたヘジュンはソレに会い、「誇りのある警察官でした。でも愛に溺れて、捜査を台無しにした。ぼくは完全に崩壊しました」と告白。殺人の証拠となるスマートフォンを誰にも見つからない海の深いところへ投げ捨てるよう言って別れる。しかし、へジュンとソレの愛の迷路はそれでは終わらなかった……。