妖しく光るヒロインの魅力
「この作品は観客を知らず知らずのうちに物語へと引き込み、興味を抱かせるようになっています。ですから暴力もヌードもセクシャルなシーンもあまりありません。人間なら誰でも共感できる、複雑な感情を描きたかったので」自らこう語るように、「別れる決心」はパク監督にとっても新たな試みだった。結果、これまでの作品にはあまり見られなかった、抑制の効いたトーンで物語が紡がれていく。
とはいえ、場面転換は細かく、スマホなどの画面を積極的に登場させたり、瞠目するような斬新な映像も散りばめられたりしており、二度目を観ても退屈することがない。
「私の頭のなかにはふたつの素材がありました。ひとつは若い頃から好きだったイ・ボンジョが作曲した『霧』という曲で、当然のように霧の町を舞台にした映画であるべきだと思いました。もうひとつは私が好きなスウェーデンの推理小説『マルティン・ベック』シリーズに登場する警察官。穏やかで、物静かで、清廉で、礼儀正しく、親切な主人公を登場させたかったのです」
実際、ソレが愛聴する曲として「霧」が流れ、車で急ぐヘジュンの前にはいつも霧が立ち込めている。また彼の部屋には、「マルティン・ベック」シリーズの本も堆く積まれている。作品のなかにもパク監督の素材へのこだわりが現れているのだ。
謎を秘めたヒロイン、ソレを演じるタン・ウェイの魅力も妖しく光っている。誠実な警察官であるヘジュンを愛のラビリンスへと誘(いざな)う演技は、表情も刻々と変化していき、この禁断の関係に確かなリアリティを与えている。とりわけ作品の後半からはその美しさに磨きがかかり、物語を支配していく。見事な演技だ。
「『ラスト、コーション』(アン・リー監督、2008年)を観たときから、タン・ウェイと映画を撮りたいと思っていました。自信に満ちたソレというキャラクターは、彼女なら説得力が出ると思ったのです。そして、彼女と(へジュン役の)パク・ヘイルなら、魅力的な組み合わせになると思いました」
パク監督が語るように、ソレ役を演じるタン・ウェイとヘジュン役のパク・ヘイルの一挙手一投足は、この「別れる決心」という作品を観るうえでの重要な見どころともなっている。とくに車の後部座席でふたりが手錠で繋がれながらも、硬く手を握り合っているシーンは、映画宣伝のビジュアルにもなっているが、映画史に残る名場面となるにちがいない。
ちなみに、一度目よりも二度目が面白く観ることのできる「別れる決心」、三度目の観賞にも臨んだが、その作品の輝きはいささかも衰えることはなかった。
映画「別れる決心」は2023年2月17日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー 配給:ハピネットファントム・スタジオ (c)2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED
連載 : シネマ未来鏡
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