アジア

2023.02.14 16:30

金正恩氏の娘、キム・ジュエ氏が映し出す、「赤い貴族」たちの驕慢

2月9日、ソウルの龍山駅で、北朝鮮の金正恩委員長(左)とその娘(ジュエと推定)が平壌で行われた建軍75周年記念の軍事パレードに出席する様子を映したニュース放送を見る人々(右)(Photo by Kim Jae-Hwan/SOPA Images/LightRocket via Getty Images)

おそらく、キム・ジュエ氏を巡る一連の演出は、「赤い貴族」と呼ばれる北朝鮮エリート層のアイデアだろう。金正恩氏と「赤い貴族」は共生関係にある。人脈と経験がなく、権力闘争を経ずに最高指導者になった正恩氏には、「赤い貴族」の協力が必要不可欠だ。「赤い貴族」も祖国を解放した「白頭山血統」を支えているという大義名分だけで、ずっと権力の中枢を占めている。「赤い貴族」にとっては、白頭山血統の永続が最重要課題であり、健康に不安がある金正恩氏だけでは心許ない。ロイヤルファミリーとして権力の絶対化を図れば、キム・ジュエ氏にしろ、金与正氏にしろ、常にスペアを準備できる。21年1月の第8回党大会で規約を改正し「最高指導者の代理人」である「第1書記」を新設したのもその準備だろう。金正恩氏にとっても、ロイヤルファミリーを日英のような王室にできれば、今後「絶対不可侵の存在」として、失政の追及から逃れられるという計算があるのだろう。
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もちろん、北朝鮮の一般国民は、こうした権力ゲームの中に入っていない。正恩氏も「赤い貴族」たちも、華美に着飾った女の子が、権力者に交じって軍事パレードを視察する姿を見せることにためらいがないからだ。北朝鮮を逃れた脱北者たちは一様に、キム・ジュエ氏の姿をみて「常識外れで、これまでの北朝鮮ではありえないことだ」と嘆息している。北朝鮮の一般市民もおそらく同じ感想を持っているだろう。

ただ、正恩氏や「赤い貴族」たちは、一般市民と一緒に生活したことがない。自分たちはまったく別の世界にいる人間だと思っている。「庶民は、特権階級の自分たちに反抗する力もない」と高をくくっている。脱北者らの証言によれば、「赤い貴族」と一般市民には画然とした差がある。紫外線が強く、労役や農業支援に駆り出される機会が多い一般市民は、一様に浅黒く日焼けしている。着ている服は、ペラペラの人民服や軍服などだ。常にこわばった表情をし、緊張していることが多い。移動手段は公共交通機関か、せいぜい日本や中国から輸入された中古の自転車だ。

ところが、「赤い貴族」はまったく違う。日焼けもしていないし、「英国製だ」と言っても信じてしまうくらい仕立ての良いスーツなどを着ている。乗用車は最新型のベンツなどだ。物腰は柔らかく、表情に常に余裕がある。元労働党幹部だった脱北者の1人は昔、北京から欧州に向かう外国路線の航空機のファーストクラスに乗った「赤い貴族」の1人を目撃した。まだ20代の「赤い貴族」は流暢な英語を操り、キャビンアテンダントともまったく違和感のない会話を交わしていた。
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キム・ジュエ氏の振る舞いを見ている限り、北朝鮮の「貧富の格差」は行き着くところまで行き着いたと、言えるだろう。もちろん、富をむさぼった者の末路がどうなるのかは、数多くの歴史が物語っている。

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文=牧野愛博

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