Forbes JAPAN SALON

2023.02.21

本気で取り組むパッションが、街を、企業を成長させる

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ジンズホールディングス 代表取締役CEO 田中仁

メガネ業界のリーディングカンパニーとして知られるJINSの創業者 田中 仁氏は、今や国内で最も注目されるホテルのひとつ、白井屋ホテルの仕掛け人としての顔ももつ。生まれ故郷の群馬県前橋市の再生のために、日々奔走する田中氏は、本業とまちづくりそれぞれに対して熱い思いを抱き続ける。その情熱の根源と、さらなる展開の方向性について話を聞いた。


大企業病からの脱却


──田中さんといえば、メガネのJINSの代表であると同時に群馬・前橋市のまちづくりのリーダーというイメージがますます強くなっています。

初めは分けて考えようと思い、前橋の仕事は主に週末に行なっていました。しかし実際は、JINSの仕事の中にも地域活性化のヒントがあり、逆もまた然りであることが分かってきました。しばらくすると自分の中での区分けがなくなり、どちらも同じように情熱を傾ける対象となっていきました。



──ではまず、JINSについてお話を聞かせてください。どのような事業計画やビジョンがあるのでしょうか?

JINSは今年、生まれ変わりの年になります。オフィスも移転するのですが、その間に新しい働き方をみんなで考えることにしています。その奮闘記を、オウンドメディアで「たった2キロの長い旅。」(https://park.jins.com/series/hikkoshi/)というコンテンツとして発信しています。

当社は、年間販売本数では日本の眼鏡業界第1位で、業界2位の企業の倍以上を販売しています。しかしトッププレイヤーであるがゆえに、ある種の緩みが出ているように感じています。私自身も前橋とJINSの両方を見ていて、エネルギーの半分が前橋に向けられていますから、その副作用もあったのでしょうか。

何事も、成果を出すには取り組む人のエネルギーが重要です。前橋のまちづくりも、本気でやっているからこそ結果が出ているのだと思います。同じようにJINSでも、全社員がそれぞれ本気のエネルギーを出して仕事をしなくてはいけません。

JINSは”Magnify Life”というビジョンを掲げています。それを実現させるためには、皆が夢中になって仕事に取り組まなければならないのに、いつのまにか大企業病にかかっていて、出来上がった仕組みに乗って、とりあえず自分の仕事をこなしているというような感覚になっている社員が増えているように感じています。





時代はどんどん変わっていきます。それなのに、社内の進化が感じられない。そこを変えていくために、私も含め幹部全員が、今後どういう会社にしたいかを今一度擦り合わせて、一緒に船に乗る仲間たちと共に、本気でもう一度漕ぎ出そうと考えています。そうして次世代のJINSをつくり、今までのようなオーガニックな成長ではなく、非連続的な成長を成し遂げたいですね。

必要なのは、変えていこうとするマインドを全員でもつこと。いわゆるハングリー精神です。オフィス移転はひとつのきっかけで、変わるための施策についてはガンガン討論していくつもりです。



──業界トップの座にありながらも、変化を求めていくと。

もっともっと変えていきたい。テスラもアップルも、不断のチャレンジを続けています。しかしJINSは、チャレンジするエネルギーが衰えてしまった。

そもそも、創業者がいつまでも指揮を執らなければならないような会社では困ります。事業承継をどうするかも含めて、この会社がどうあるべきかを考えていかなくてはならない。今年は、かなり本気になっています。

起業家精神とはハングリー精神

──田中さんはかねてより「起業家精神」という言葉をよく使われてきました。この言葉に込められた想いとは?

起業家精神というのは、つまりハングリー精神です。ハングリーというのは欲が強いということではなく、世の中を変えたいと願う強いパッションがあることです。

パッションというのは、その人が見る世界、生きる世界に、何か足りないと感じるものがあるからこそ生まれてきます。人間は、やっぱり満ち足りていては駄目です。「足るを知る」ことも大切ですが、それはパーソナルな人格に関してのことで、社会やビジネスにおいては足りてしまったら駄目だと思います。



──そしてハングリーであることが、ご自身も楽しいわけですね。

やはり、気持ちのエネルギーに火が着くのです。「JINSのこんな製品、こんなサービスがあったから、世の中が便利に変わった」と言われたいと願う気持ちが根底にあります。

アップルほどのことはできなくても、例えばブルーライト用のレンズによって、皆さんの目が楽になったのではないでしょうか。今も慶應大学発ベンチャーと一緒に、近視を抑制する医療機器としてのメガネを開発しています。そうした今までになかったような、人々の生活を豊かにする製品やサービスをこれからもつくっていきたいですね。

──既成概念を取り払うと、メガネにはまだ大きなポテンシャルがあるんですね。

JINSをただ大きくするということだけでしたら、もう少し横展開するスピードを早めたら良かったかもしれません。しかし、自分のパッションは新しい時代をつくりたいということだったので、目指したのはそこではありませんでした。


次々と生まれるクリエイティブな展開

私は起業家に、お金の使い方を含めて新しい選択肢を見せたいと思いました。商売を一生懸命頑張って得た利益は、基本的に地域や社会のために使いたいと思っています。私自身は、前橋に行ってもホテルの小さな一部屋で十分です。友人の経営者たちは、私のことを変わっている、クレイジーだと言います(笑)。でも、だからこそ前橋のクレイジーなチャレンジにも仲間が集まってくれるのかもしれません。力のある人がどんどん集まって、みんな一緒に面白がってくれているのです。

──前橋市の話が出たところで、最新情報を教えていただけますか?

まず3月に、白井屋ホテルの本を英語版で出版します。日本語版の付録付きです。5月には、建築家の平田晃久さんが設計したレジデンス「まえばしガレリア」がオープン。前橋市内で一番坪単価が高いレジデンスですが、売れ行きは好調です。1階には有名なアートギャラリーが入り、ミシュラン3つ星出身のシェフによるレストランもオープンします。

また、白井屋ホテル裏の遊歩道を改修していますが、これも今年の11月に完成します。同時期に、ホテル横には谷尻 誠さんの設計でレジデンスとオフィスと店舗がオープンする予定です。

そして、前橋中央通り商店街では、夏頃に永山祐子さん設計のレンガの建物が完成予定で、1階に私の友人たちがカレーショップを開きます。その2階でも今新しいプロジェクトを計画しています。また11月には、建築家の駒田剛司さん・由香さんによる賃貸の集合住宅Benten Share Flatが竣工するなど、さまざまなプロジェクトが進んでいます。



──本当に、さまざまな分野のトップランナーたちが前橋のまちづくりに関わっているのですね。

今、前橋市では街中の再開発を予定しています。そこには百貨店、図書館、オフィスビルなどの複合施設が生まれます。その向かいには、さらに前橋を発展に導くような壮大な計画もあります。中心部に2ヘクタールの再開発ですから、前橋を大きく発展させるキッカケになるでしょう。それらも含めて前橋は暮らしたい街へと変わっていくのです。

全国から注目される官民一体の取り組み

前橋の発展をさらに強固なものにするために、官民合同で「めぶくグラウンド株式会社」を設立しました。私は地方都市が継続して発展するためには、特定の産業に依拠したまちづくりでは限界があると感じていました。そこで、元Apple副社長で現在は日本通信株式会社社長の福田尚久氏を巻き込みました。これからさらにデジタル時代へと向かっていく過程で、デジタル産業がどんどん生まれて新陳代謝するような街にしたいと思ったからです。



そういった流れの中で、福田さんのアイデアで「めぶくID」が生まれました。世の中にIDは数多くありますが、このめぶくIDは、スマホ上に電子証明書を発行するセキュアなIDです。電子署名法に基づく認定を受けているので安心安全です。

この仕組みを使えば、官民のさまざまなサービスを受ける際の本人確認に利用できます。そういったことから多くの自治体から使いたいといった声をいただき、IDを発行する会社をつくろうとなったのです。

今では自治体のみならず、さまざまな企業も関心を寄せています。前橋市が目指すのは共助型未来都市です。株式会社ではありますが、生まれた利益を配当に回すのではなく、地域に還元し善の循環をつくるという、新しい形の会社を目指しています。



──前橋のめぶくIDが、これからの地方都市の在り方を変えていくと。

このサービスを使い、事業を発展させようという企業が前橋に集まり始めています。デロイトトーマツは地方都市初となる大規模なオフィスを前橋に構えました。アクセンチュアも進出が決まっています。

もうひとつ、地域の企業が広告主としてサポートする前橋新聞『me bu ku』というメディアが生まれました。これは前橋市の全世帯に無料で配布され、市内のすべての中・高・大学生にも個別で配布されています。内容もデザインも評価が高く、若者のキャリア教育にもなっていると感じています。



──前橋の子どもたちの目を開かせてくれるといいですね。

起業家を育成するための「群馬イノベーションアワード」「群馬イノベーションスクール」も始めてから10年になります。アワードで入賞した高校生は、慶應大学SFCのAO入試の資格を得ることができ、すでに4人がSFCに入学しています。今年からデロイトトーマツがニッポン・イノベーションアワードを前橋で開催することを計画しています。前橋を起業の聖地にしようと目論んでいます(笑)。

スキーは一人になれる貴重な時間

──『me bu ku』というタイトルどおり、前橋市では人や物や事が芽吹いていますね。しかしこれだけお忙しい田中さんに、趣味に打ち込む情熱や時間は残っているのでしょうか?

実は最近、スキーという趣味ができたのです。去年の正月に温泉に行って、たまたますぐ横にスキー場があったのでやったのですが、ハマりました。

若い頃にはもちろん滑っていたのですが、スノボで足を骨折してしまった。ちょうどビジネスを始めた大事な時に骨折したので、以降、反省して封印していました。

ところが去年、もう年も年だから無理はしないだろうと思い、レンタルスキーで滑ってみたら、本当に気持ち良かったんです。東京に戻ると、その足でスキーセットを買いに行きました(笑)。それから10週連続で、群馬、新潟、ニセコ、白馬に滑りに行きました。



滑っている時の浮遊感もたまらないですが、滑っている時は一人になれる。普段は常に誰かといるので、そういう意味では貴重な時間を手に入れました。それに汗をかいて、筋肉を使って、健康にもいいです。

──新オフィスではサウナもつくる予定と聞きしましたが、それもストレス解消になりそうですね。

サウナは心身の健康にも、仕事の集中力を高めるのにも良いという研究発表があるので、仕事のパフォーマンス向上にも繋がるでしょう。ちょうど、サウナ用の新作メガネもこの2月に発売しました。水陸両用ならぬ“サ陸両用メガネ”で、熱にも曇りにも強い。本当に、自分にとっては仕事も遊びもまちづくりもすべて同じ情熱の対象であり、繋がっているんですね(笑)。

──最後に、Forbes JAPAN SALONのメンバーに一言いただけますか?

ぜひ皆さんにも生まれ変わる前夜の前橋を見てほしいと思います。民間の寄付金で用水路、市道200mをデザインし整備するという前代未聞のプロジェクトも進んでいます。今年の秋頃に完成する予定なので、ツアーを企画できたらと思います。皆さんにも前橋を好きになってもらい、訪れるだけでも良いですし、もし何かコミットしてもらえると嬉しいです。


たなか・ひとし◎1963年、群馬県前橋市生まれ。88年、有限会社ジェイアイエヌを設立(現 株式会社ジンズホールディングス)、代表取締役CEOに就任(現任)。2015年、オイシックス株式会社(現オイシックス・ラ・大地株式会社)社外取締役に就任(現任)。21年、日本通信株式会社 社外取締役に就任(現任)。22年、めぶくグラウンド株式会社 取締役に就任(現任)。

Promoted by Forbes JAPAN SALON / interview & edit by Shigekazu Ohno(lefthands)text by Mari Maeda (lefthands)/ photographs by Takao Ota

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