「先行きが不透明で不安定な時に、明確さをもたらせるかどうかが重要だ」とナデラはいう。
「明確さ」というのは、つかみどころのない言葉だ。意味はすぐに理解できても、実行は簡単ではない。不安定な時期にリーダーが「明確さをもたらす」には、どうしたらよいのか?
1つの方法は、自らのコミュニケーションすべてを簡潔にすることだ。その端的な例が、マイクロソフトの従業員1万人削減をナデラが全社員宛てに通知した最近のメールだ。
ナデラの従業員宛てメッセージは、わずか626語だった。文のほとんどが、行動の主体を主語とする能動態となっており、短い文章の中で多くの疑問に答えている。最初の1文で「いくつかのことがはっきりしている」と前置きした上で、以下の具体的項目を挙げた。
・顧客は、少ない出費で多くのものを得ようとしている
・世界中の組織が、慎重になっている
・人工知能(AI)がコンピュータ技術の次世代の波を起こしている
「マイクロソフトは、これをくぐり抜けて、より強く競争力のある企業になるだろう。ただし、3つの優先事項に基づくアクションが必要だ」とナデラは書いている。
ナデラが「3つの優先事項」を強調したことからは、明確なコミュニケーションの基礎である「3の法則」を理解していることがわかる。
「3」の法則は、コミュニケーションに関する神経科学の分野でその効果が十分に実証されている。ポイントを3つに絞ることで、読者や聞き手が内容を吸収し、ワーキングメモリ(作動記憶)から取り出すことが容易になる。多すぎるポイントを並べても、混乱を助長するだけだ。
ナデラの掲げた3つの優先事項は、端的かつ的確にポイントを押さえている。
「第1に私たちは、コスト構造を、収益と顧客の需要のある場所に合わせる。2023年度第3四半期末までに、全社で1万人の従業員の削減を実施する」(ナデラはこの最初のポイントで、最も大きなニュースを先に読み手に知らせている)
「第2に、将来へ向けた戦略的な分野への投資を続けていく。つまり、資本と人材の両方を当社の長期的な成長と競争力のために費やす一方で、その他の分野から撤退する」
「第3に、従業員に対しては尊厳と敬意をもって接し、透明性を確保しながら行動する」(ナデラはこれに続けて、削減対象となる従業員に対して「相場よりも高い」退職金と手当を提供すると約束している)
筆者はナデラのメールを、文章の質を測るソフトウエアにかけてみた。すると、明確さの面では高得点だったが「やや味気ない」との評価だった。
だが今回の場合は、味気ない文章で良かったのだ。
筆者はコミュニケーションの専門家として、斬新なスピーチや、ステージ上での華麗なパフォーマンス、有名なTEDトークについて書くことが好きだ。
しかし現代のビジネスシーンにおけるコミュニケーションの大半は、単刀直入で実行可能な情報を提供するためのものだ。こうしたケースでは、リーダーが明確さを最優先することで、部下やステークホルダーから信頼を勝ち取れる。
(forbes.com 原文)