事実、能力を論じれば、金与正は金正日の3兄妹のなかで最も頭脳明晰だという評価を受け、スイス留学時代には、兄の金正哲、金正恩に比べ、優れた成績を誇ったという。金正日は「与正が男だったら、私の後を継がせるのに」と言ったというのは、よほどのことだったのだろう。
その金与正は金正日が死亡し、張成沢まで処刑された後、党宣伝扇動部行事担当副部長という公職を得て、政治の世界全般に本格的に進出し始めた。
実例として、金与正が宣伝扇動部副部長の座にいるとき、自身の直属の上司であり、金日成と金正日の戦友だった、「北朝鮮のゲッベルス」と呼ばれた党宣伝扇動部担当書記、金基南の目の前で、書類を振り回しながら怒鳴りつけ、北朝鮮幹部の間で「死に神(冥土の死者)」と呼ばれたことがある。
このように出しゃばりで政治的野心に満ち、自身だけの側近勢力を作り上げている金与正が、兄の金正恩に何か起きた場合、おとなしく兄嫁の李雪主に権力を渡すことはありえない。
叔母の金敬姫の夫、張成沢が無残にも処刑されたことを目撃した金与正が、李雪主の子どもたちが成人して実権を握れば、金与正本人や夫、その子どもたちもまず粛清されるだろうと考えないわけがない。
特に金与正の子どもたちも成長過程で、金正恩の子どもたちと比較されたり、同じ血統でありながら、冷たい扱いを受けることで反発したりする可能性も十分ある。
このような理由から、金与正は金正恩が亡くなったとき、北朝鮮の権力者としてのし上がった後、李雪主とその子どもたちを排除するかもしれない。
私たちは東西古今を眺めた場合、権力の前では、兄妹や子ども、父母すらも血なまぐさく手にかける歴史を何度も見てきたのではないか。
金正恩の子どもたちが後継者になれる20代後半に成長する前に、金正恩に異変が起きれば、平壌の王座は、自身だけの権力を密かに構築している金与正に渡るというのが、誰の目から見ても明白な事実ではないか。
金与正は金正恩が信任する側近であり、肉親だ。現在は重責を担っているが、そうなればなるほど、金正恩も危機を感じるかもしれない。
果たして朝鮮半島の北側に女性独裁者が誕生するだろうか。
高英煥(コ・ヨンファン)◎1953年北朝鮮生まれ。平壌外国語大フランス語科卒。1979年に北朝鮮外務省に入り、北朝鮮の重要な戦略対象だったアフリカ諸国との外交を担当した。1991年に脱北し、現在は韓国在住。