死について明確な答えを用意するのは難しいが、死についての思索を深めたい読者にとってこの本は助けになるかもしれない。著者は科学技術を学ぶ工学部に進学の後、先端科学の原子力工学の専門課程で博士号を取得。その後、米国の国立研究所を経て、原子力関係の国際学会で委員を務めた経歴をもつ。現代の科学者であり研究者としての道を歩み、唯物論的な世界観を培ってきた人物が「死後」に光をあてる。
古今東西の思想家や宗教家は「死」についてさまざまな考えを示してきた。著者によれば死に関する書物は、「宗教的」「科学的」「医学的」な視点から語られたものに分けることができる。しかしどの書物も読者が抱くすべての疑問に答えてはくれない。これまで多くの宗教家によって語られ、無数の人々によって信じられてきた神秘的な現象や体験の正体に対して本書は「ゼロ・ポイント・フィールド仮説」を説く。
「『ゼロ・ポイント・フィールド仮説』とは、一言で述べるならば、この宇宙に普遍的に存在する『量子真空』の中に『ゼロ・ポイント・フィールド』と呼ばれる場があり、この場に、この宇宙すべての出来事のすべての情報が『記録』されているという仮説である。」
たとえば仏教の「唯識思想」における「阿頼耶識」と呼ばれる意識の次元。古代インド哲学の思想「アーカーシャ」の中に、ゼロ・ポイント・フィールドと極めてよく似た考えを見ることができる。ゼロ・ポイント・フィールドには、過去から現在までの出来事の情報だけでなく、未来の出来事の情報も存在するという。
著者はさらにすべての情報はゼロ・ポイント・フィールドの中に「波動情報」として記録されていると付け加える。量子物理学的に見るなら世界のすべては「波動」であり、情報は「波動干渉」を利用した「ホログラム原理」で記録されているという。ホログラム原理とは、波動の干渉を使って波動情報を記録する原理のこと。
「量子真空が、一三八億年前に、この壮大な森羅万象の宇宙を生みだした場であり、その中に、無限のエネルギーを宿している場であることを考えるならば、不思議な説得力をもった仮説である。」
一人の科学者として不思議な現象を科学的な根拠を用いて説明する本書は、専門用語が多く難解だ。それでも、もしこの仮説を受けいれるなら、これまで人類史で繰りかえし語られ、わたしたちの探求心と好奇心をくすぐってきた「死後の世界」に関する謎を説明できるようになるかもしれない。
馬場紀衣(ばばいおり)◎文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。