もとより、これは簡単に答えられる質問ではないが、永年の体験から、戦略を実行する経営者やリーダーに絶対に不可欠な資質は、明らかである。
それは、「粘り腰」と「したたかさ」である。
第一の「粘り腰」とは、ある戦略が壁に突き当たったとき、決して動じることなく、「これも想定内」と語り、ただちに「二の矢、三の矢」を放てる能力のことである。これは、英語で「plan B、plan C」と呼ばれるものであるが、ある戦略に基づき、一つの戦術を実行するとき、事前に、いくつもの戦術代替案を準備しておき、状況に応じて、瞬時かつ柔軟に戦術を切り替えられる能力のことである。
しかし、こう述べると、机上の理論で戦略を論じる人は、「それは当然だ」と思われるだろうが、現実の生々しい状況においては、瞬時に戦術の切り替えを行える経営者やリーダーは、決して多くない。
それは、1.的確な状況判断ができない、2.しがらみや未練に引きずられる、3.プライドや見栄が邪魔をする、などが原因であるが、その究極の原因は、経営者やリーダーが、自身の心の中の「エゴ」を冷静に見つめ、処することが出来ないことにある。
第二の「したたかさ」とは、先ほどの「二の矢、三の矢」との対比で言えば、ある戦略が、当初の「的」に当たらなくとも、「二の的、三の的」に当ててでも成果を得るという「したたかさ」である。
例えば、当初の新事業戦略が壁に突き当たり、目標とする「収益」(Prof i t)を挙げられず、事業から撤退せざるを得なくなったとする。
このとき、ただ撤退するのではなく、したたかに、様々な「収穫」(Return)を得て撤退することである。その「収穫」としては、知識、関係、信頼、評判、文化といったものがある。
すなわち、たとえ目標とする「収益」が得られなくとも、全力を挙げて、その戦略に取り組んだならば、必ず、1.その市場に関する様々な情報や知識(Knowledge Return)、2.その市場での関連企業や行政、顧客との良い関係(Relat ion Return)、3.関連する企業や行政、顧客からの信頼(Trust Return)、4.その市場や社会での良き評判(Reputat ion Return)、5.その新事業に挑戦した組織が築いた革新的な文化(Culture Return)、といった「収穫」が、必ず得られている。
そして、この「収穫」をしたたかに掴むことが、次の新事業の成功確率を大きく高める。