カバーがなかったり、ジーンズのポケットに入るようにと縦長にデザインされた本だったり、書店ではあまり見かけないロウ引き加工されたカバーをまとった本もある。
あるいはアンカット装と呼ばれる、天と小口が袋とじのような形状で造本された特装本もある。これは、読者がペーパーナイフなどで自らページを切り開く行為によって、初めて読むことが可能となる仕掛けだ。
アンカット装のアレイスター・クロウリー著『法の書』愛蔵版
これらの本は、何も書店での見栄えや、読者の意表を突くためだけにこのような形になったわけではない。それぞれ理由があるのだという。
「本づくりで大切なのは、感覚やセンスよりも裏付けや理屈だと思っています。私の仕事はまだ見ぬ読者に本を届けること。読者が本を手にとって喜んでいる姿を想像し、そこから逆算してどうしたらその未来の読者に本を届けられるか、それぞれの本が持つ特性から最適な編集や体裁を考えます」
本にはそれぞれ「香り」もある
また伊藤は、本を単なる“ハコ”ではなく、五感を刺激する装置として捉えているという。「意外かもしれませんが、本には紙などに由来するそれぞれの香りもあります。ページをめくって読者は本を読み進めていくわけですが、そのとき読者は紙の香りをわずかながらにも感じているはずです。それだけは電子化できない。紙の本ならではの特長です。その香りにこだわることによって、ちょっとした演出をすることもできます。この著者の本は、そういえば同じような香りだな、とか」
伊藤は本の香りを確かめることを“本のテイスティング”と呼ぶ
トップダウンではなく、チームで本をつくる
「普通ではない」本は手がかかる。世の中の多くの事象がそうであるように、通常のフォーマットから逸脱すると、流れ作業的に本作りを進めることはできない。伊藤が勤務する出版社・国書刊行会でも、もちろんそうだ。使用する紙や印刷などのコスト的な問題はもちろん、書店流通の問題もあるから営業職を含めた社内調整も必要となる。
そもそも特殊な形状や仕様が造本として可能であるかどうかを、デザイナーや印刷会社、紙の商社などとともに一つひとつ丁寧に検証していく必要が生じる。ただでさえ多忙な編集者が、ここまで造本に手をかける理由はなんだろうか。