続けて伊藤は述べる。
「そして、印刷所も製本所も、著者もデザイナーも編集者もみんなで考え、夢中になってつくった本は、きっと手にとった読者も夢中になって読んでくれるのではないか、そう信じています。読者にも一緒になって、紙の本ならではの“感触”や“体験”を楽しんでもらいたい」
手前の『骸骨』のカバーはロウ引き加工が施されている
著者は炎、編集者は風
著者と編集者の関係を伊藤はこうなぞらえる。「著者が炎だとしたら、編集者は風のようなものかもしれないですね。風が弱いと火は消えてしまうし、逆に強すぎると燃えすぎて朽ちてしまう。風自体がないと、もしかすると火はおこらないかもしれない。メラメラと燃え上がるちょうどよい炎を保つために空気の流れを加減するのが編集者の役目と言えると思います」
また、物を書く仕事は、メンタル面も非常に重要だと感じているという。そのためメールの文面などから著者のコンデイションを読み取り、ときには締め切りのことは横に置いて、臨機応変に寄り添っていくことを心がけている。
例えば朝は著者の朝の思考に寄り添い、夜には夜の温度感をという風に、著者の情熱と想像力の火を絶やさないように常に努めている。
編集を担当した大濱普美子著『陽だまりの果て』は2022年に第50回泉鏡花文学賞を受賞。『定本 夢野久作全集』は同年に全8巻が完結した
本との時間〜内なるケモノと向き合う〜
「編集者の伊藤さんにとって本とはどんな存在なのでしょうか?」と聞いてみると「本は、優れたメディアであると同時にツールでもあります」という答えが返ってきた。「どんな本もつまるところは読み手の“答え”を引き出す道具でしかありません。人は誰しも本を読む前から自分の中に既に“答え”を持っているものではないでしょうか。良質でピュアなテキストは、その“答え”に辿り着く良いガイドをしてくれると思います。こんな時代だからこそ、ときには雑多な情報から離れ、本との孤独な対話を通して、普段は眠っている自分の内なるケモノと向き合って欲しいと思っています」