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2023.02.01

アップルが変えた「オーディオ業界の景色」、成熟産業でのイノベーション


”体験の質”を変える大戦略

アップルの戦略は業界トレンドの変化とともに着実に進められていた。

すでにダウンロード型配信からストリーミングへと切り替えていた音楽コンテンツサービスの改善を進めつつ、料金はそのままに空間オーディオの配信に踏み切った。空間オーディオとは、上下方向、あるいは奥行き方向にも音源が定位する、ステレオに替わる新しい音楽のアレンジ、表現手法だ。

過去の音楽も次々にリマスタリングされているが、現代の多くのアーティストや音楽制作エンジニアからも支持され、対応楽曲は増加の一途を辿っている。メジャーどころのアーティストの作品は、かなり高い割合で対応しているほどだ。

すでに立体音響技術として定着していたドルビーATMOSを用いたことで、既存のサラウンドシステムでも楽しむことができたが、アップルの狙いはそう単純なものではなかった。

アップルは独自に立体音響を二つチャンネルで実現する仮想立体音響の技術を開発し、アップルが販売するあらゆる”音を出す製品”に組み込んだ。仮想立体音響の品位は、それを動かす半導体の能力にも影響されるため、彼らは独自のチップに搭載するDSPを改良しつつ、その再現品位を継続的に向上させている。

今日、スピーカーが搭載されている現役のアップル製品は、ディスプレイやイヤホン、ヘッドフォンに至るまで、全てアップルの設計する半導体が搭載され、それぞれの製品に最適化された空間オーディオの技術が組み込まれている。

それ以前からアップルは、独自の音響技術をソフトウェア、半導体のセットで開発し、スピーカーの基本音質を高めてきていたが、さらに配信サービスのアップデートとセットで立体音響へと突如、一段上の体験へと質を高めたのだ。

Apple Musicで空間オーディオが発表すると同時にアップル製品のアップデートも実施され、大多数のアップルユーザーは空間オーディオをすぐに楽しむことができた。

しかし、これだけでオーディオ業界の景色を変えるとは言わない。

一連のアップルの戦略で変わったのは、主にポータブルオーディオの競争軸である。

左右独立型ワイヤレスの世界へと舵を切り、ヒアラブルデバイスという新しいジャンルを拓き、オーディオ配信サービスの改善に力を入れ、空間オーディオを自社のエコシステム内で一気に解放したが、ポータブル以外の世界での改革は、あくまでもMacという狭い世界の中だけのことだ。

どの製品とも競合しないHome Podの体験

初代Home Podが登場したのは2018年。AirPods登場から2年近く経過したころのことだが、この頃のHome Podは、業界的には取るに足らない製品だった。当時はスマートスピーカー黎明期。本格的なオーディオ機器というよりも、価格が高いアマゾンEchoのフォロワーとみなす声もあったほどだ。

特徴はどのような位置に置いても、音響特性を崩さないことと、360度に広がり、部屋中を音で満たす独特のサウンド体験。ホームオートメーションのハブとしても、まだ対応製品が整っておらず、またスマートスピーカーとしてもアシスタントサービスのSiriが十分に高い品質には至っていなかった。

しかしあれから5年近くが経過し、Home Podに搭載されるソフトウェア、アップル製品の各種OSなどが地道にアップデートされ、さらに空間オーディオは多くのコンテンツを抱えるに至っている。さらにアップルは独自のApple TV+の配信でドルビーATMOSを採用。映像作品の鑑賞でも空間オーディオ技術を使えるようにすると、Prime VideoやNetflixは対応アプリを空間オーディオ対応にしている。

さらに空間オーディオのプロモーションを始める際には、初代Home Podも空間オーディオに対応。もちろん、今世代でもさらに豊かな音場表現の質を持って実装されている。もちろん、MacやiPhoneから楽しんでもいいが、Home Podの本命はリビングのテレビ脇にある場所かもしれない。

Apple TV 4KのスピーカーとしてHome Podを指定すれば(当然、画面左右に置くためにも2台が望ましい)、それだけでドルビーATMOSの環境が出来上がる。Apple TV 4KはeARCというHDMIの機能を備えており、テレビ(あるいはテレビに接続された映像機器)の音をApple TVに送ることができるからだ。

つまり、Home Podは2台使うことで高音質でシンプルかつスタイリッシュな、テレビ用オーディオシステムにもなる。しかも、自社製チップの持つ性能をフルに生かし、空間オーディオの再現性が極めていい。

これだけならば、世の中にはもっとコンパクトにテレビと組み合わせることが可能なサウンドバーがあると思うだろう。ところが、オーディオ業界の中でも重要なジャンルになっているサウンドバーの市場に、中期的にHome Podは大きな影響を与えるはずだ。
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