アート

2023.02.06

スキーマ建築・長坂 常の『半建築』が問いかける、今必要とされる建築とは

スキーマ建築計画 代表取締役 長坂 常

事務所の少し重い扉を引くと、左手に作業台のような大きいテーブルがある。聞くと、ここが代表である長坂 常の作業場所なのだという。「僕、受付なんです。人が行き来するのが見えていいですよ、ここは」と話す長坂は、穏やかだが常に何かを企んでいるような表情が印象的だ。

そんな長坂が自身の作品を振り返りながら、それぞれのストーリーや現在の考えを書き下ろした書籍、『半建築』(フィルムアート社)が出版された。“半”建築とはどういうことなのか。長坂の美学が貫かれた建築は、現代に何を提示するのか——。


スキーマ建築計画といえば、業界では独特のポジションを築くアトリエ系の建築設計事務所だ。ブルーボトルコーヒーやAesop、DESCENTETOKYOなど日常で目にする店舗のほか、中目黒の「HAPPA」(2007)や「Sayama flat」(2008)などが代表作として知られる。

 素材を生かすためあえて塗らない壁や柱、むき出しの配線、そして自由自在にディスプレイや用途を変えられる仕組みなど、それぞれの用途や建物・土地の文脈に応じて論理的に生み出された個性を感じられるのがスキーマの特徴だろう。

長年親交のあるスマイルズの遠山氏からは「これで完成?終わり?」と笑いながら声をかけられることもしばしば。それほどに従来の建築とは一線を画す独自の建築スタイルは、どのようにして生まれたのだろうか。

千駄ヶ谷に構える現在の事務所は、倉庫として使われていた建物を改築したもの。1階は道路に面し地域の生活を垣間見ることができ、2,3階は設計者の作業場となっている

千駄ヶ谷に構える現在の事務所は、倉庫として使われていた建物を改築したもの。1階は道路に面し地域の生活を垣間見ることができ、2、3階は設計者の作業場となっている


「デスクトップアーキテクチャ」の限界

建築家・長坂のストーリーはレゲエから始まる。表現者である友人たちに囲まれるなかで、イベントの運営などに関わり、自分にも何かしらスキルをつけたいという思いを強くし、明治大学を中退。

最初は「建築家という肩書なんてちらつきもしなかった」そうだが、空間演出への興味や人との出会い、周囲の勧めもあり、東京藝術大学に入学。建築の勉強を始めた。卒業してからは就職という道を選ばず、人づてで細かなオーダーに応えていくなかでスキーマという事務所を形づくっていった。そんな日々のなかで、長坂は一つの矛盾に気が付く。

「あらゆるプロジェクトをこなすなかで、デスクトップの真っ白い画面の中に何かを立ち上げていくという作業(デスクトップアーキテクチャ)と、リアルな空間や生活にあるカオスの間にかなり距離があることを感じたんです」

そんな課題に気づきをもたらしたのが、「HAPPA」というプロジェクトだ。地に足のついた路面の事務所を構えるため、現地でセルフビルドし、実際に使用しながら改善も加えていったこの「HAPPA」は、「夢(作品)と現実(生活)が一致する初めての体験だった」と、書籍のなかでも語っている。

シェアオフィス「HAPPA」(2007)にはスキーマのほかにギャラリー「青山|目黒」と中村塗装工業が入居。人の出入りや建築のあり方を含め開放的で、それまでの完成された“キメ顔のある建築”とは一線を画す存在となった

シェアオフィス「HAPPA」(2007)にはスキーマのほかにギャラリー「青山|目黒」と中村塗装工業が入居。人の出入りや建築のあり方を含め開放的で、それまでの完成された“キメ顔のある建築”とは一線を画す存在となった


「デスクトップとだけ向き合っていると、建築やデザインの潮流のようなことばかりを考えてしまって、その建物がある地面のことを忘れてしまうんですよね。その場所には、例えば買い物をするおばあちゃんたちが毎日自転車を止めるような風景があるのに、クライアントから『今までにないものを建ててほしい』と言われると、思考がその地面からは離れてしまう」

地面から離れる、つまりその土地の日常から離れてしまうと、本当に必要なものを見失ってしまう。高度成長期からひたすら都市開発を善としてきたこれまでの日本の建築のあり方からは見落とされてきた視点だったのかもしれない。
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編集・文=鈴木麻里絵 撮影=大中 啓

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