破壊と急成長のサイクル、パラダイムシフトの目撃者として
これは教科書的な「イノベーションのジレンマ」の事例である。Microsoftが少しくらい信頼性の低い検索結果を返したとして、大した問題にはならないが、先に見たようにGoogleの場合には一つ間違った回答を提供しただけで企業価値に13兆円も響いてしまう。Microsoftも検索連動広告を提供しているとはいえ、事業全体の収益への貢献で言えば誤差のレベルである。そのため、ためらうことなく対話型AIの提供に踏み切ることができた。
今起こっていることは、テクノロジー産業のダイナミズムの醍醐味である。90年代には、Microsoftの支配力が揺るぐことなどあり得ないと思われていた。しかし、ウェブやクラウドコンピューティング、スマートフォンなどの台頭に伴い、一時期はMicrosoftはテクノロジー産業のリーダー的な地位から脱落したと思われていた。「GAFA」といった表現はその顕れだった。
Microsoftは現在のナデラCEOの就任以降、自己破壊的な変革を通して見事なカムバックを果たした。この20年間、ウェブの利用におけるGoogleの支配力についても、同じように思われていただろう。ほんの数週間前には考えられなかったことだが、筆者の観測範囲でも多くの人たちがBingやEdgeを使い始めている。
そのきっかけを作ったのは、OpenAIという5年ほど前に設立されたスタートアップである。このような破壊と急成長のサイクルは、なかなか他の分野では見られない。
歴史に刻まれるであろうAI Warsはまだ始まったばかりだ。MicrosoftとGoogleのいずれがAIの覇権を握るのか、はたまたまだ誰も知らないガレージのスタートアップが出てくるのか、誰にもわからない。
一つだけはっきりしているのは、対話型およびコンテンツ生成AIの時代の扉が開かれたということである。コンピュータの歴史は人間が楽をするようになる歴史である。情報の検索やコンテンツの生成について、人間が能動的に行うための手段は限界まで簡易化されてきた。
今後さらにそのハードルを下げるためには、もはやツールの最適化では限界があり、自然言語を含む大規模な機械学習モデル=基盤モデルに支えられたAIが副操縦士、パートナーとなる。私たちはそのような歴史的な情報環境のパラダイムシフトの只中にいるのだ。
児玉哲彦(こだま・あきひこ)◎米国IT企業プロダクトマネージャー。2022年6月よりシリコンバレー在住。接触確認アプリcocoaの初期UXデザイナー。著書に『人工知能は私たちを滅ぼすのか』(ダイヤモンド社刊)ほか。博士(政策・メディア)。