キャリア・教育

2023.01.28 17:30

重度障害の子でも、自分で「選ぶ」 母親たちが教わったこと #人工呼吸のセラピスト

連載「人工呼吸のセラピスト」(画像:Shutterstock)

連載「人工呼吸のセラピスト」(画像:Shutterstock)

24時間人工呼吸の身で、NPO法人ピース・トレランスを立ち上げた押富俊恵さんの地域デビューは、大きな反響を呼んだ。中でも、重い障害のあるわが子を育てながら社会の理解を高める活動をしてきた母親たちは、押富さんの「本人の思いが一番」のメッセージに敏感に反応した。
 
前回:障害者への「意識のバリア」をなくす NPO法人設立の道

娘の「成人式と選挙への参加」が目標だった

地元FM局ラジオサンキュー(愛知県瀬戸市)のパーソナリティー・林ともみさんは、2016年2月に押富さんと出会ったころ、迷っていることがあった。重度の知的障害・身体障害がある19歳の長女、美優(みゆ)さんを、選挙に連れていってよいかどうか、という難問だった。
 
障害があっても社会の一員と考えるともみさんは、娘の「成人式と選挙への参加」を長年の目標にしてきた。公職選挙法の改正で18、19歳が有権者となり、この年の7月の参院議員選挙では、美優さんに初めて投票券が送られてくる。
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しかし、現実のハードルは高い。字も書けず、丸を打つことも、話も、指差しもできない。「政策を理解して投票」なんて不可能だ。仲間のお母さんたちを誘っても賛同は得られず、気持ちが揺らいでしまった。
 
「それまでも、娘のことで行動を起こすとき、いつも心のどこかで『すみません』って気持ちがありました。周りにペコペコしていたんです」と林さんは当時を振り返る。
 
2020年、押富さんと名古屋で食事を共にした林ともみさん

2020年、押富さんと名古屋で食事を共にした林ともみさん


「押富さんと出会って、凛としたところが本当にカッコいいと思いました。そして『すみません』と言うこと自体が、娘に失礼なのかもと気づいたんです。伝えても伝わらないことはあるけれど、伝えてみなければ、始まらない。アクションを起こすことが大切だと、学ばせてもらいました」
 
候補者全員のポスターを写真に撮り、自宅で娘に見せて「誰がいい?」と尋ねるうち、常に同じ人を選ぶようになった。「これなら行けそう」と、瀬戸市役所の選管に相談した。しかし、投票用紙には、候補者の写真はない。

期日前投票に出かけるまでの数日は、候補者別に切り離した文字カードを見せて、何度も練習した。本番でも、候補者ごとの「切り離し方式」にしてもらい、美優さんが同じ人を何度も選べば選管職員が代筆する形にした。
 
選挙区、比例代表と美優さんは何とかクリアし、林さんは涙が出たという。以来、計8回の選挙に必ず出かけている。
 
「本人は本当に投票に行きたいのか、など反論ももちろんあります。意思が伝わらず白票になったこともあります。でも、私は社会の一員として、投票所に出かけることを大切にしたい」と林さん。

3月には、障害のある人の投票推進に尽力する平林浩一・東京都狛江市副市長(総務省主権者教育アドバイザー)を講師に招いて「選挙のバリアフリー」をテーマにした講演会を主催する。

そして、押富さんが発案したピース・トレランスの看板イベント・ごちゃまぜ運動会にも、美優さんとともに毎回参加。だれも排除しない「インクルーシブ」の心地よさを楽しんでいる。
 
2022年、娘の美優さんとごちゃまぜ運動会で準備体操をする林さん

2022年、娘の美優さんとごちゃまぜ運動会で準備体操をする林さん

次ページ > 「自己決定の芽」の見つけ方

文=安藤明夫

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