意味不明なことを「人生の布石」に変える。落語家・林家つる子のチャンスの掴み方

落語家 林家つる子さん

自分のこれからが、自分でも楽しみ

「深い意味はないけど......」で飛び込んだことが、のちに人生を左右する大きな布石になっている。そしてそのバグは、自分のみならず誰かの人生にとってもバグとなっていく。これを象徴するのが、冒頭の「芝浜」再構築プロジェクトだろう。

挑戦のきっかけは前座時代。たくさんの師匠たちの「芝浜」を舞台袖から見ていて、おかみさんの献身的な愛の背景に何があるのかが気になってしょうがなかった。「そもそもこんなダメ亭主をどうして好きになったのか?」「物語の終盤でキーパーソンとなる大家さんとの関係は?」。推理小説の探偵のような気分でエピソードの隙間を埋めようとしながら、ふとひらめいた。「そうだ、おかみさんを主人公にしよう。女性落語家の自分だから演じられる芝浜になるんじゃないか」

試行錯誤の末、大胆におかみさん視点で描く構成にし、2021年12月に独演会で披露すると、挑戦を追ったテレビ番組に大反響が寄せられた。「これまで落語を見たことがないという会社員の女性から『励まされた』という便りが届いて、本当にうれしかったですね」。



SNSでは「落語を冒涜している」などの批判もあったがそれも覚悟のうえ。「古典は大好きですし、『男尊女卑だ』だとか言いたいわけではありません。当時を生きた女性のなかにも、いまに通ずる感情がきっとある。自分なりの解釈で登場人物の声を足すことで、より現代の人に共感してもらえると思うんです」

寄席が男性ばかりでちょっと行きづらい......という女性の声を聞き、安心して楽しんでもらえる環境づくりでファンが増えるならばと、落語会の主催者らと協力して「女子会イベント」も開催している。「大好きな落語をずっと残していきたいからこそ、多様なお客さんと触れ合い、声を聞きながら発信を続けていきたい」

落語界だけでなくすべての業界に通ずるが、男女平等が途上であるが故にいまだに「女性初の〜」「女性ならでは」など、その功績に何かにつけ性別がついて回るのが現実だ。しかし彼女は、試行錯誤の先に「女性目線の『芝浜』」を超えた「林家つる子の『芝浜』」を見据えているのかもしれない。「いまだから演じられる『芝浜』と、年を取ったからこそ演じられる『芝浜』があるはず。これからどう変化していくのか、自分自身でも楽しみです」

小さな変化に身を委ね、意味不明に思える出来事にも飛び込んでゆく。彼女の体当たりの生き方はいい意味で“ツッコミどころ満載”で、何よりも見る人を笑顔にするパワーにあふれていた。別れ際、彼女は「あ!そういえば!」と言って、もうひとつ地道に続けていることを教えてくれた。MC曼荼羅というキャラクターで展開するラッパー活動だ。「ある落語会で生まれたキャラクターをずっと続けていたら、年に2、3回くらい音楽関連のオファーをいただくんですよ。声かけていただくからには続けないとね。って、これも相当バグってますよね(笑)」


林家つる子◎落語家。2011年に前座となり、15年に二ッ目昇進。女性の登場人物を主人公にして古典落語を大胆に作り替えるなど意欲的な試みが注目を集める。「落語が初めての人にも気軽に訪れてほしい」という思いからカフェやライブハウスなどでの落語会も精力的に行っている。

林家つる子が考える「#バグのすすめ 1mmのズレを楽しむキャリア・働き方論」。インタビューの続きは『Forbes JAPAN』2023年3月号にて。

企画・文=湯気 構成=清藤千秋 写真=若原瑞昌

この記事は 「Forbes JAPAN 特集◎私を覚醒させる言葉」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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